試合が終わった後、球場の外で俺たちを待っていたのは東先輩やクマさんたち三年生だった。
受験とかの準備で忙しいのにもかかわらず誰一人欠けることなく応援に駆けつけ、そして甲子園出場を決めた俺たち新チームを祝ってくれたのだ。
そんな先輩たちの行動に流石の片岡監督も感極まり、男泣きするという珍しいシーンが見られた。
あれには俺も危うくもらい泣きしそうだった。
「……先輩たちも一緒に行きたかっただろうなぁ、甲子園」
俺は風呂に浸かりながら祝福してくれていた三年生の姿を思い出す。
皆んな本当に嬉しそうに喜んでくれて、それが有難いと同時に寂しくもあった。
甲子園に行くのは俺たち新チームだけ。
当然だけど試合に勝っても先輩たちとは一緒に戦えない。
もう一度あのチームでやりたいと思ってしまうのは、きっと俺だけではない筈だ。
負けなければこんな気持ちにならなくて済んだのだろうか……いや、これ以上はやめよう。
あの時のことは既に割り切っている筈なのについつい思い出してしまう。
気分を変えようと湯船から上がって冷水を頭から被ると、冷たさで考えがすっきりした気がする。
「さむっ」
ただ、風邪をひくのは面白くないのですぐに湯船に戻って身体を温める。
そろそろ本格的に寒い日も多くなってきたし、体調管理はしっかりしておかないとな。
まぁ、今まで風邪どころか病気にも罹ったことはないんだけども。
そうして一人で風呂に浸かっていると、脱衣所の方から誰かが来る気配がした。
あのシルエットは……たぶん監督だな。
「お疲れ様です、監督」
入ってきたの案の定、監督だった。
俺は挨拶する為に立ち上がって出迎える。
こんなことが出来るようになるなんて我ながら人間的に成長したものだ。
「南雲か。いや、そのまま楽にしてくれ。風呂くらいゆっくり浸かって身体を休めろ」
「うっす」
監督は身体を洗ってから俺の隣に腰を下ろした。
そういえば前にもこうやって風呂場で二人になったことがあったっけ。
ずいぶん前のようにも感じるが、あの時は変に気まずかったのを覚えている。
「他の奴らはまだ自主練中か?」
「ええ、皆んなはまだ練習してると思いますよ。俺も素振りくらいは参加しようと思ったんですけど、お前はさっさと風呂入って寝ろって言われちゃいまして」
「クリスと御幸に言われたか」
「はい。あの二人、徐々に俺の母さんみたいになってきてますね」
今頃、御幸とクリス先輩は今日の試合の映像を見返している筈だ。
勝っても負けても毎回反省会をしているからな。
いつもは大体俺も参加しているけど、今日は反省会よりも身体を休めろと言われてしまい参加できなかった。
過保護が過ぎると思う。
「南雲、今日は良くやってくれたな。お前のピッチングにはいつも驚かされる。」
「そ、そうですか?」
「ああ。今日だって結果的には完封という成績になったが、内容的には完全試合に近い。東京の強豪である市大三高を相手にしているとは思えないピッチングだった」
「いやー、やっぱり監督に面と向かって褒められると照れますね」
今日の片岡監督は機嫌が良いみたいだ。
無事に甲子園出場を決め、そのことを引退した先輩たちからも祝福されたことが原因だろう。
もっとも、俺も今日の試合はかなり良かったと思っている。
自己最速であった152キロを大幅に更新する156キロを記録したし、市大三高打線を抑えれば抑えるほど調子が上向きになっていく感じがした。
後半もバンバン三振を奪えていたからボールのキレとかも増していた筈だ。
まぁ、それでも初っ端の156キロを上回ることは出来なかったけどね。
「すぐに神宮大会が始まるが、その大会ではお前と丹波、そして川上を順番に起用していくつもりだ。それぞれを先発としてな」
「俺と丹波先輩は分かりますけどノリ……いや、川上も先発にするんですか? これまでリリーフとして登板してきたのに、いきなり先発ってのは結構難しいと思いますけど」
「ウチの投手陣はやはりお前を頼り過ぎている所があるからな。これは川上だけじゃなく丹波もだが。それが悪いとは言わん。だが、各々が自分の力に自信を持てないのは問題だ。だからこの機会に投手として成長してもらいたい」
神宮大会は各地区の優勝校が揃うトーナメント戦だが、後ろに控えているセンバツのオマケみたいな扱いの大会でもある。
経験を積むとすればこれ以上ないほど適した大会だ。
どうせなら本気で優勝を目指したい所ではある。
ただ、監督が言うことも理解出来る。
「良いと思いますよ。丹波先輩もノリも、これを機に自分の殻を破ってくれれば俺にも良い刺激になりますし」
「……今日はやけに素直だな。俺はてっきり出番が減るとゴネられると思ったが」
「今日の試合で結構満足しちゃいましたから。神宮大会に出れなくなる訳でもないんだし、それくらいで文句は言いませんて」
明日になれば気が変わっているかもしれないけどね。
全国の強豪校を相手に投げられる機会なんてそう簡単にあるもんじゃない。
ノリがそれで成長できるんなら喜んで……とまでは言わないが快く譲ろう。
少なくとも今はそういう気分である。
「監督、次は日本一っすね。一緒に頑張りましょ」
「フッ、そうだな」
とりあえずこの秋季大会でウチは東京で一番になった。
となれば次に目指すのは日本一しかあるまい。
全国の強豪を相手に今の俺はどこまで通用するのか。
試合をするのが今から楽しみである。