ダイジョーブじゃない手術を受けた俺118

 神宮大会が終わってからの貴重なオフの期間は、色々と新しいことを試しているうちにあっという間に流れていった。

 例えば身体のバランスを保つために左投げでピッチングをしたり、素振りも左と右で同じ回数をするようにしたりね。
 このトレーニング方法は今は亡き愛読書に書いてあったんだけど、その効果の程についてはイマイチよく分かっていない。
 ネットで調べても実際にやっているという人はいなかったからな。
 というか、そもそも知られてすらいなかった。
 流石に本の著者は自分か自分以外の誰かで効果を実証したと思いたいが……どうだろうな。
 もう少し続けてから自分で判断しようと思う。

 ちなみに、左手用のグローブは引退した三年生の人に譲って貰った。
 その人は大学でも野球をやるみたいだけど、予備として取っておいたものを俺にくれたのだ。
 お礼に高速スライダーの握りを教えてあげたらすごく喜んでいた。
 このじゃじゃ馬を自分のものに出来るかはあの先輩次第だけど、せっかく教えたんだから是非とも使いこなしてほしい。

 そんな日々を過ごし、気が付けば日付は既に28日。
 思い出したくもない地獄の合宿冬バージョンなんてものもあった気がするが、あまりの厳しさに記憶を封印したので何も言うことはない。
 ないったらない。

 そして今年の練習が全て終了し、部員の中にはその日のうちに帰省した者もいた。
 俺は家までちょっと遠いから一晩寮に泊まったが、翌日には朝食を食べてから残っている人に挨拶してすぐに寮を出た。

 電車に揺られること数時間。
 寒い外の気温とは違って車内の暖房の所為で危うく寝過ごしてしまう所だったが、無事に実家の最寄り駅で降りることが出来た。
 スマホで時間を確認すると正午を少し過ぎた辺り。
 どうりで腹が空いたと思うわけだ。

「おーい、こっちだ太陽」

「あ、父さん」

 どうやら父が駅まで車で迎えに来てくれたようだ。
 俺は急ぎ足で車まで駆け寄り、後部座席に荷物を押し込んでから助手席に乗り込んだ。

「迎えに来てくれるならそう言ってくれれば良いのに。確か今日まで仕事なんじゃなかったっけ?」

「ああ、ついさっきまで仕事だったよ。でも何とかひと段落したからそのまま太陽を迎えに来たんだ。家まで送ったらまたすぐに職場に戻るけどね」

「わざわざあんがと。外は寒いから助かったよ」

 今のところ雪は降っていないが降っていてもおかしくないくらいに寒い。
 それに引き替え、車の中は暖房が効いているから天国だ。
 駅から自宅までは歩いて15分くらいなので、元々は自力で帰るつもりだったがやっぱり車の方が楽で良いな。
 迎えに来てくれた父さんは救世主である。

「にしても、大人って大変だねぇ。もうすぐ年末だってのにまだ働かなきゃいけないなんてさ」

「いずれは太陽もそうなる……いや、野球を仕事にすれば社畜にならなくて済むか。まぁ、どっちの方が大変かはわからないけどね」

 サラリーマンにはサラリーマンの、アスリートにはアスリートの辛さがある。
 そのくらいはガキの俺にも何となくだけどわかる。
 もっとも、俺が野球で飯を食えるのかはまだ分からないんだけど。

「さいですか。母さんは元気?」

「元気だよ。でも、太陽があんまり電話してこないから心配してたんだぞ?」

「あー、練習が大変だったから……」

「それでもたまには電話くらいしてあげなさい。母さんはああ見えて結構寂しがり屋なんだから」

「……わかったよ」

 父からやんわりと注意されてしまった。
 これに関しては完全に俺が悪い。
 でも、何か用があるのならともかく、わざわざ電話しても何を話せば良いのか分からないんだよな。
 男子高校生なんてそんなもんでしょ?

 あ、別に仲が悪いとかではない。
 こっちが少し気恥ずかしいってだけで、母さんや父さんとの仲は良好だし。

「あと、優勝おめでとう。頑張れよ、甲子園」

「おう」

 ◆◆◆

「ただいまー」

 久しぶりの我が家だ。
 青道の寮に入ってからは夏休みも帰って来ることはなかったから、大体8ヶ月くらいぶりに帰宅した事になる。
 たった数ヶ月離れていただけなのに、十数年暮らしてきた自分の家を懐かしいと思う気持ちになるなんて妙な気分だった。

「お帰り、太陽。アンタまた大きくなったんじゃない?」

 出迎えてくれた母は俺の記憶にある姿と何ら変わっていない。
 父もそうだったが、久しぶりに見た親が変わらずに元気だと安心するな。

「そう? 最近はあんまり身長測ってなかったけど、毎日どんぶり飯を山ほど食ってるから伸びててもおかしくはないかな」

「大きくなったわよ。筋肉も随分ついたみたいだし、寮生活も上手くやっていけてるみたいね」

「まぁね。それより母さん、なんか食い物ない? 朝飯は向こうで食べて来たんだけど、昼はまだなんだ」

 母さんからマジマジと全身を見られて居心地が悪くなり、というか気恥ずかしいのでそそくさとリビングに避難する。

「昨日のカレーならすぐに出来るけど」

「大盛りで」

「はいはい、手を洗って大人しく待ってなさい」

「はーい」

 手を洗ってから食卓の椅子に座っていると、すぐにカレーのいい香りが漂ってきた。
 腹の虫が泣き止まない。
 俺、こんな食いしん坊キャラじゃないのに……。

「どれくらいこっちにいるの?」

「んー、大体一週間くらいかな。4日から練習が始まるから、3日の午後には家を出ると思う」

「そう。好きなだけゆっくりしていきなさい。お父さんも明日からようやく休みらしいし」

 俺も明日ネズミーランドに行ってからは家で過ごすことにしよう。
 こうして帰って来たんだから、家族と一緒にいるのも悪くない。
 当然、家にいるからって気が緩みすぎないようにトレーニングだけは毎日こなさないといけないが。

「お待ちどうさま」

「いっただきまーす! ……美味っ!」

 そのカレーを一口食べてからの記憶がない。
 俺の食欲は鍋に残っていたカレーを全て平らげるまで収まらなかったらしい。

 

   

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