実家に帰ってきた翌日、今日は待ちに待った夏川達と遊びに行く日だ。
早めに起きて朝練のメニューをこなし、シャワーを浴びて準備を済ませる。
そして眠気と戦いながら夢の国に向かって電車を乗り継いで、ギリギリ集合時間よりも数分早く待ち合わせの場所に到着した。
しかし、キョロキョロと周囲を見渡して皆んなを探してみるが、こうも人が多いと中々簡単には見つからない。
このままだと遅刻してしまう。
御幸や倉持だけならそこまで焦ることはないけど、今日は夏川や梅本、そして藤原先輩がいるから遅刻するのは非常にまずい。
困ったなぁ……と、そう思っていると何処からか夏川の声が聞こえた。
「あ、南雲くーん! こっちこっち!」
まさに天の助け。
声のした方向へと人混みを掻き分けながら進むと、見慣れた面子が揃っているのが見えた。
ただ、どうやら俺が最後みたいでマネージャー組はおろか御幸と倉持も遅れずにちゃんと合流している。
くっ、御幸なんていつもは遅刻魔のくせに……!
「悪りぃ、ちょっと遅れたか?」
「ううん。まだ集合時間前だから大丈夫だよ。他のみんなもさっき揃ったばかりだしね」
ほっ、何とか間に合ったか。
よかったよかった。
「お前にしてギリギリだったな。久しぶりの実家で気が緩んだか?」
「そんなんじゃないって。家で朝練してたら遅れそうになっただけだ」
「朝練って、一体何時から起きてたんだよ……」
「4時くらい?」
俺がそう言うと御幸は苦笑した。
会話を聞いていた他の皆んなも同じような顔をしている。
え、だっていくら遊びに行くって言ってもトレーニングはサボれないじゃん?
だから朝早起きするしかなかったんだ。
電車では寝落ちしそうになったけど、昨日だって21時頃には寝ていたし、別に睡眠時間が少ないわけじゃない
七時間くらい眠れば身体の疲れも大体は取れるからな。
「別に俺のことはいいんだよ。それよりも、だ」
俺は視線をマネージャー三人の方に向けた。
思っていた通り、彼女達の普段着にはやはり華があるな。
普段の制服やジャージ姿には見慣れているが、それとは比べ物にならないくらい三人ともお洒落で可愛い格好をしている。
特に藤原先輩は大人っぽい雰囲気だった。
これを見れただけでも来た甲斐があったというものだ。
「えっと、南雲君。どうかしたかしら?」
「あ、先輩たちがあまりにも可愛かったので見惚れてました。すいません」
気付けばそんな言葉が俺の口からこぼれていた。
「……くっ、出会って数分でこれなんてやっぱり強敵ね!」
「貴子先輩、まだまだこれからですよ! 気を確かに!」
「あはは……(たちって、もしかして私も入ってるのかな?)」
三人とも恥ずかしがってて可愛らしい。
永遠にこのまま眺めていたいくらいだ。
今ので朝練の疲れが完璧に吹っ飛んだ気がするんだから、俺というやつは本当に単純な性格をしている。
「……あいつって恐いもの知らずだよな。一体どんな心臓してんだ?」
「たぶんオレらのとは違って鋼で出来てんだよ。気にするだけ無駄だぜ」
二人がコソコソと何か言っているが、俺は自分に正直なだけだよ。
先輩たちだってせっかくお化粧とかまでしてきてくれているのだから、可愛いと思ったら素直にそう伝えた方が相手も嬉しいだろう。
「おい、お前ら感謝しろよ? 俺が誘ってやったからマネージャー達とこうして遊びに行けるんだからな?」
俺は御幸と倉持にマネージャー達が聞こえない声量でそう言った。
「わぁってるよ。高校生らしいイベントなんてこれが最初で最後かもしれないし、感謝はしてる。お礼に今度おかず一品だけやるよ。デザートとか」
「オレが今日のことを知らされたのは一昨日だけど、同じく感謝はしてるぜ。だからオレもトマトが出てきたらお前にやる」
「どうせなら肉とか寄越せよ……」
しかもデザートとトマトってお前らが嫌いなだけじゃねぇか。
くれるなら貰うけど。
「それじゃあ早く行きましょ。今日はせっかくネズミーランドに来たんだから、目一杯遊ばないとね!」
こうやって女子と遊びに出かけるなんて中学生以来だろうか。
内心では今にもスキップしそうなくらいウッキウキである。
「──南雲 太陽」
「んぁ?」
突然、すぐ隣にいた奴に俺の名前を呼ばれた。
そいつはチャラチャラした格好と髪型をしていて、誠実や真面目という言葉が似合う俺とは対照的な見た目をしている。
はて、知り合いにこんなやつは居なかった筈だが……。
「誰だ、お前。俺になんか用か?」
「え、いや、俺は……」
俺のことを知っているのかと思えば急に口ごもるチャラ男。
ファンというわけでもなさそうだし、喧嘩を売ってくるでもないから実に対応に困る。
これならいっそのこと喧嘩腰になられた方が……いや、それは嫌だわ。
普通に恐いし。
「おーい、どうした南雲。知り合いか?」
いつの間にかみんなと離れていた俺を御幸が呼びに来てくれた。
ナイスタイミングだ。
普通に無視していくのは後味が悪かったけど、御幸が来てくれたからここを離れる良い口実が出来た。
「いんや、知らん。みんなに置いてかれる前に早く行こーぜ」
特に用も無いみたいだしさっさと行こう。
これが内気な女性ファンとかだったらいつまでも待ってあげるんだけど、残念ながら男にそこまでの優しさは必要ない。
「じゃあな。誰か知らねーけど、話し掛けといていきなり黙るのは良くないぞ。初対面の相手をフルネームで呼び捨てにするのもな」
「──ッ!」
さぁ、チャラ男君のことは置いておいて今日はいっぱい楽しもう!