ネズミーランドから帰宅した日は遊び疲れてしまい、素振りとネット向かって軽く投げ込みをしてからすぐに寝てしまった。
どうやらはしゃぎ過ぎたらしい。
最近は試合があった日でもあそこまで眠くはならないのに、遊びに行ったくらいで疲れてしまうなんて俺もまだまだである。
ただ、次の日の練習は欠かさずに行なった。
この連休中に体力が落ちました、なんてのは最悪だ。
むしろ更にスタミナを付ける勢いで自主練しておく必要がある。
なので前日に疎かにしてしまった分を取り戻そうとかなりキツい筋トレメニューを重点的にこなし、身体が鈍らないように気をつけた。
あまりにもハードなトレーニングをしていた所為で母さんからは少し呆れられてしまったが、食事とかのサポートはしっかりしてくれている。
オマケに毎日マッサージで俺の身体のケアまでしてくれていて、常に最高の状態で練習が出来る環境が整っていた。
だからそのお返しに俺も拙いながらマッサージしてあげた。
毎日の家事で肩や腰が凝っているだろうからね。
母さんの手付きを真似てみると筋が良いと褒められたので、将来はマッサージ師になるのもアリかもしれない。
女性限定の、だったらだけど。
決して下心は無いからな。
「それじゃあちょっと行ってくる。神社に行った後は友達の所に挨拶しに行くかもしれないから、昼飯は用意しなくていいかな」
そして、今日は元旦だ。
我が南雲家には初詣という文化が無いので、俺一人で近所の神社へお参りに行くことになる。
「気を付けてね。お小遣いは要る?」
「ん、大丈夫。お賽銭と昼飯くらいのお金はまだ持ってるから」
いってきまーす、と家を出て軽くランニングをしながら神社向かう。
ちょうど身体が温まってきた所で目的地に到着し、そこからは歩きに切り替えて鳥居を潜った。
「うわぁ、ガラガラだな……」
ただ、境内の様子を見て思わず本音がこぼれてしまう。
この神社は結構ご利益があると思うんだけど、地元の人でも年寄り以外はほとんど近寄りすらしない不遇な神社なんだよな。
正月だってのに数人の爺さん婆さんしか居ないのがその証拠だ。
唯一の良いところは正月に甘酒を無料で配っていることなんだが、ここまでくるとそんな事をする余裕はあるのかと心配になるレベルである。
ま、人が少ないのは楽で良いけどね。
お参りするのに行列に並ばなくて済むのは有り難い。
パパッと終わらせて早く帰ろう。
「あれ? あの見覚えのある後ろ姿は……まさか高島先生か?」
前を歩いている女性に見覚えがあるような気がして俺の視線が彼女に集中する。
髪を全て下ろしているから一瞬誰か分からなかったが、俺があのあの人を見間違える筈もない。
ただ、こんなとこに高島先生がいるか?
俺はその疑問を解決するべくそっと顔を確認することにした。
「あ、やっぱ高島先生だ」
やはり俺の目を正しかったようで、この地域では滅多にお目にかかれないような美女がそこにいた。
メガネの奥に意志の強そうな綺麗な目をしていて、何がとは言わないが相変わらずのスタイルの良さである。
もちろん視界の端でしか見ていないので、俺がそんなことを考えているなんて先生には分からない筈だ。
倉持とは違うんだな、俺は。
「あら、南雲君じゃない。こんな所で会うなんて奇遇ね」
「俺もビックリっすよ。先生はどうしてここに?」
「この近所に祖父の家があって、お正月は毎年こっちで過ごす事にしているの。明日には東京に帰っちゃうんだけど」
へぇ、それは知らなかったな。
もしかしたら今までもここで俺と高島先生はすれ違っていた事もあるのかもしれない。
意外と世間ってのは狭いもんだと話しながら、俺と先生は出店の一つも無い境内を進んで行く。
そして賽銭箱の前に並んで立った。
(もっと野球がうまくなりますように)
賽銭箱に小銭を入れ、パンパンと手を叩いてお願い事をする。
『──そなたの願い、聞き入れたぞ』
「えっ……!?」
突然変な声が聞こえてきた。
それに驚いて周囲を見渡すが、近くにいるのは高島先生しかいない。
「どうかした?」
「いや、いま変な声が……」
さっきの声は一体なんだったのか。
俺の気の所為か?
でも、空耳にしては随分はっきりと聞こえた。
まるで俺の願いごとに反応したみたいに……って、まさかな。
「俺の勘違いだったみたいですね。それよりも、せっかくだからおみくじでも引いてみません?」
「ええ、いいわよ」
変な声のことはもう忘れよう。
それよりも高島先生といることの方が大切だしね。
「どれどれ……お、大吉じゃん。ラッキー」
おみくじによれば今年の俺は万事順調に進むようだ。
怪我も病もせず、願い事は努力すれば叶い、争い事は力でねじ伏せよ、だってさ。
流石は大吉。
最後の部分だけは急に脳筋みたいになっているのが少し気になるが、それ以外には悪いことは一つも書いてなかった。
「高島先生は?」
「……中吉」
「あらま、これまた微妙な結果っすね。俺のと交換します?」
「同情は結構よ。私、占いとかは良い時しか信じないの。そもそも100円のおみくじに自分の運勢を測られても信憑性に欠けるしね。たとえ中吉だとしても自分の努力で最高の一年にしてみせるわ」
「ぷふっ」
思わず笑ってしまったので何とか誤魔化しながら甘酒を一緒に貰いに行く。
「あ、そうだ。新年の挨拶がまだだったわ。あけましておめでとう、今年もよろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」
新年早々、高島先生とこんな場所で会えるなんて幸先の良いことか。
最高の年の始まりだ。
今年は良いことがありそうな予感がする。