青心寮に到着した俺はまず荷物を片付ける為に自分の部屋へと直行する。
同室のクリス先輩はまだ実家から戻って来ていないようで、部屋には誰も居なかった。
となると、御幸もまだ来ていないらしいからピッチング練習はお預けか。
すぐに自主練を開始するつもりで家を出る時から動きやすい服を着ていたので、部屋に荷物をそのまま置き、バットとバッティング手袋だけを持って屋内練習場に向かう。
室内練習場に行ってみると、やはりというかゾノが一人でバッティング練習を行なっていた。
所謂『置きティー』という練習をしていて、豪快なスイングをする度に気持ちの良い金属音を響かせている。
前から思っていたけどゾノってパワーは滅茶苦茶あるんだよな。
ただ、俺と同じでミート力があまり高くないから三振する事が多く、練習試合ではあまり思うような結果は残せていないようだけど。
「さぁて、俺も自主練を始めよう。でもその前に……」
俺はニヤリと悪い笑みを浮かべながらゾノに近付いていく。
見つからないように気配を出来るだけ消してゆっくりと。
この場面だけを見れば、俺がゾノを背後からバットで殴り掛かろうとしていると誤解してしまうかもしれないな。
そんなことを考えながらゾノの背後に回った俺は、大きく息を吸い込んで腹から声を上げた。
「──お前、そこで何をやっている!」
「ッ!? す、すんません!」
声を低くして怒鳴ると、ゾノはすっかり萎縮してこちらに目も合わせず勢いよく頭を下げてくる。
恐らく俺のことを先輩とでも勘違いしているのだろう。
その反応を見て思わず吹き出してしまいそうになるが何とか堪えた。
「面を上げい」
「はい……って、南雲?」
「よっ、あけおめ」
ポカンと間の抜けた顔を浮かべ、いまいち状況が飲み込めていない様子だ。
しかしすぐに俺がふざけて驚かしたのだと気付いて顔が鬼みたいに変わっていく。
「急にデッカい声出すなや! しかも先輩やと思ってビックリしたやろが!」
「あはは、ごめんごめん。つい出来心で」
胸倉を掴まれて前後左右に思いっきり揺らされるが、面白い反応を返してくれて俺も大満足である。
一番リアクションが大きいからついついからかってしまうんだよな。
同級生の中ではダントツに顔が恐いけども。
「それでここへは何しに来たんや?」
しばらくして落ち着いたゾノがそう聞いてきた。
「何しにって、見たらわかんだろ。練習だよ練習」
持っていたバットを見せると、ついさっきまで鬼みたいな顔をして怒っていたゾノが何やら慌て始める。
「今日くらいゆっくり休めや! 実家から戻ってきたばっかで疲れとるやろ!?」
「実家が大阪にあるやつが何を言ってんだ……」
俺の家は学校から近いという訳ではないが、それでも大阪から戻って来たゾノと比べれば距離的にはかなり近いと言える。
なのに疲れているから休めとはどの口が言うのか。
「アホウ。こういう時にちょっとでもお前らとの差を少しでも縮めとかんと、いつまで経ってもレギュラーにはなれんやろうが」
あー、なるほどね。
確かに俺たちは共に上を目指しているチームメイトではあるが、それと同時に一番近くにいるライバルでもある。
試合に出る為には努力して押し退ける必要があるのだ。
ゾノはそれをよく理解している。
ただ、それはあくまで野手同士であればの話だと思う。
俺がいくらバットを振り込んで打者として結果を出したとしても、それがゾノの出番を奪うという事には絶対にならない。
投手と野手ではそもそも畑が違うからな。
バッターとしての成績で俺と張り合おうとするのなら分かるが、それはまず一軍に上がってからの話である。
「俺はピッチャーだからゾノとレギュラー争いをする事はないぞ。サブポジションも外野だし。あるとすれば代打争いだけど……俺は別に打率が良い訳でもないからわざわざ監督が代打に使うとも思えないな」
「あ……言われてみれば、確かに」
「だろ? だったら一緒に練習しようぜ。俺もちょうど誰かにスイングを見て欲しかったんだ。ゾノだって一人でやるよりも良い練習になると思うけど?」
というか、この一週間はずっと一人で練習していたので飽きた。
だから相手をして欲しい。
勿論良い練習になるというのも本心だからゾノにとっても悪い話じゃないと思う。
「わかった、そこまで言うなら一緒にやろうやないか。俺もスタメンのお前にアドバイス貰いたいと思てたしな」
「お、いいね。それじゃあ俺の準備運動が終わったら早速やろうか」
「なら最初はそっちから打ってええぞ。俺はもう結構動いた後やから、しばらくは球出ししたるわ」
「サンキュ。何か気になることがあれば遠慮なく言ってくれ」
「任しとき」
そうして準備運動をしてからゾノに球出しをしてもらってバッティング練習を始める。
ネットに向かってボールを打ち込んでいき、10球ほど集中して打ったところで手を止めた。
「どうだ、俺のスイング」
「ちょっとスイング変えたんか?」
ゾノの言葉に少し驚いた。
「よく分かったな。まだ試行錯誤中だけど、今までよりもアッパー気味のスイングに変えてみたんだ。ま、これで良くなるとは限らないけどね」
数年前からメジャーで騒がれ始めた『フライボール革命』と呼ばれる理論を自分のスイングに取り入れてみたんだ。
これは簡単に言うとボールを叩きつけるのではなく、打ち上げるようなスイングをした方が結果的にヒットを打てるようになる、というもの。
それによって三振が増えてしまう弊害もあるが、俺は元々三振が多いバッターだから割と合っている気がするんだよな。
実際にピッチャー相手に投げてみて、使い物にならないと思ったら以前もスイングに戻せば良いかと思い、色々試している最中だった。
「ええんとちゃうか。確かに打球の威力が前と比べて上がっとる。もしもこれでピッチャーが投げる球にも反応できるんなら、今までよりも長打は増えると思うで」
それなら明日の練習にでも試してみるか。
直すなら早目に直した方が以前までのスイングに戻しやすいだろうし。
「それにしてもどうやって気付いたんだ? 見た目ではそこまで変わってないし、普通は言われないと分からないと思うけど」
「これまで色んなバッターのスイングを参考にしようとしとったからな。特に強打者である哲さんや純さん、それに増子先輩……それからお前のスイングはよう見とった。フォームが変わればすぐに気付くで」
「……恐っ」
「なんでや!?」
いや、知らないうちに観察されてたとか普通に恐いんだが。