ダイジョーブじゃない手術を受けた俺127

 あの後、温泉に浸かりながら外国人の男性と少しだけ話した。
 次々とまくし立ててくるもんだから聞き取れなかった部分もあるけど、大まかに言えば応援しているから頑張れって感じだったかな。
 それからその歳で他国の言葉を話せるなんて素晴らしいとも言っていたっけ。

 ファンと言われて悪い気はしないし、それに外国の人からも応援してもらえるのは嬉しいものだ。
 日本の、それも高校生のことをあんなにも応援してくれる人なんてそうはいないと思う。
 ていうか、わざわざ甲子園を観に来る為に来日するなんてよほどの野球マニアなんだろうな。

「コーヒー牛乳まで奢ってくれたし、結構いい人だった」

 男性とは結局温泉から出た後もちょっとだけ話して、それから付き合ってくれた御礼にとコーヒー牛乳を奢ってくれた。
 そして、拙い日本語で『また、あいましょー』と言い残して去っていったのだ。
 あんまりゆっくりは出来なかったが、湯船中で寝てしまう危険もあったから今思えば話し相手になってもらえて俺の方が助かったかもしれない。

 ぽっちゃり体型の優しいおっちゃんという印象が強いけど、またどこかで会えるといいなと思うくらいには楽しい時間だった。
 甲子園が開催されている期間はずっとこのホテルから球場に足を運ぶと言っていたから、もしかするとまたすぐに会えるかもしれないね。

 そんなことを考えながら俺は部屋に帰るために来た道を戻っていく。

 すると、途中で見知った顔を見かけた。
 ラウンジに設置されているソファに座り、机にいくつもの資料を広げながら何やら真剣な表情を浮かべている女記者。

「あれは……大和田さんか?」

 何度も取材を受けているので見間違いではないだろう。
 俺の取材の時は常に笑顔を絶やさずに話してくるけど、あんな真面目な顔は初めて見たかもしれない。
 あと、一緒にいる男性も確か同じ雑誌社の記者だったと思う。
 向こうは仕事中みたいだし、邪魔しないようにコソッと通り過ぎるか。

 そう思い、俺は早足でラウンドを通り抜けてエレベーターへと向かった。

「えっ、南雲君じゃない!」

 おっと、せっかく邪魔しちゃ悪いと思って早く行こうとしたのに大和田さんに気付かれてしまった。
 見つかったからには無視する訳にもいかないか。

「大和田さん、まさかとは思うけどこんなとこまで俺を追いかけて来たんすか? 流石にそこまでされると俺も引くって言うか……それってストーカーと同じですよ?」

「ちょっ、違うわよ! 私もこのホテルに偶然泊まっていただけで、青道が同じホテルに泊まっているとは知らなかったわ! 誤解されるような事を言わないで頂戴!」

 大和田さんはそう言って周りをキョロキョロと見渡し、近くに人が居ないと分かってホッとしていた。
 大袈裟だなぁ。
 そんなことを誰かに聞かれても別にどうにもならないだろうに。

「はははっ、冗談ですよ。大和田さんがそんな事する人じゃないって知っていますからね。ところで、大和田さんもここのホテルに泊まっているんですか?」

「えぇ、そうよ。でも、ウチの経費で落とせたのは今日の分だけだから、明日からは安宿で寝泊まりすることになるんだけど」

 ふーん、なるほど。
 じゃあ今日ここで会えたのは本当に偶然なのか。
 数ある宿泊施設の中で一緒になるなんてどんな確率だって感じだな。

「あ、そういえば今日の試合後のインタビューには居ませんでしたよね?」

「東京でちょっとやることがあってね、私たちはついさっきこっちに到着したばかりなの。だから取材に参加するのは明日からよ。だから……出来ればちょっと質問に答えて貰えると有り難いのだけど──」

「おい大和田、ここでの取材は無しだ。バレたら大目玉どころじゃないぞ?」

 急に記者の目をした大和田さんを一緒にいた男の人が止めてくれた。

「えーっと、貴方は確か峰さんでしたっけ?」

 大和田さんと一緒に居た男の人には見覚えがあった。
 月刊『野球王国』の記者で、彼女の先輩というか上司にあたる人だ。
 青道の練習にもよく見学に来てくれているから覚えている。

「君が名前を覚えてくれていたなんて光栄だな。ただ、このホテルには本当に偶然居合わせただけだという事は理解して欲しい。勿論、大和田にも取材なんて真似はさせないから安心してくれ」

 それは有り難いな。
 大和田さんって変に引き際を弁えているからあまり強く注意できないし、そもそも美人だから俺自身がちょっと話したいと思っちゃうんだよね。
 だからこの人が大和田さんを抑えてくるというのは非常に助かる。

「はい。大和田さんの監視はよろしくお願いします」

「南雲君!?」

「それじゃあ、そろそろ俺は失礼します。これから夕食の時間なので」

 ラウンジにある大きな時計で時間を確認してみると、あと十分ちょっとしか余裕は無かった。
 食事会場に行く前に部屋に戻って荷物を置いてくる必要があるので、そろそろ行かないと間に合わないかもしれない。

「無理に引き留める訳にはいかないわね……残念だけど。それじゃあ南雲君、試合を楽しみにしているわ。頑張って」

「ええ、また試合後のインタビューの時にでも会いましょう」

 試合の後にはどうせ多くの記者たちに囲まれてインタビューを受けることになる。
 勿論、勝利者としてね。
 その時にでも大和田さんとは再会することになる筈だ。

 記者二人と別れた俺は、腹の虫が鳴り始めてきたので早足で部屋に戻り、それから御幸と一緒に食事場所へと移動した。
 因みに、期待していた夕飯はバイキング形式で量も質も大満足だった。

 

   

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