ホテルでの生活もすっかり慣れてしまい、もはや寮と同じくらいの安心感を感じる今日この頃。
我らが青道高校は春の陽気を吹き飛ばすような破竹の勢いで順調に勝ち進んでいる。
センバツ大会も既に終盤となっており、遂に今日行われた準決勝の試合で俺たちは決勝に進出することが決まった。
一応、俺個人では無失点記録を更新中だったりする。
何本かヒットを打たれたし、あわやホームランなんて打球もあったけど、バックの助けもあって相手チームに点をやるような事にはならなかった。
ウチは今回の大会でダークホースとして大いに注目されていたらしく、観客席からの応援が日に日に大きくなっていたので俺の調子も上がりっぱなしである。
それのおかげなのか、試合で投げる毎にボールのキレが上がっているような気がするんだよな。
もしくは甲子園の不思議な力が俺の背中を押してくれているのかもしれない。
あ、ちなみにバッティングの方はどうなのかと言うと……俺はなんとこの大会中に二本のホームランを放っている。
打率もそこそこ良く、得点圏にランナーがいる時だってしっかり打てていた。
地区大会の時の不調を考えれば、大幅な成長を遂げたと言っても過言ではなかろう。
いやー、オフの期間で試していた打法がハマって、その結果明らかに打率や得点率が跳ね上がったんだよね。
フライボール革命様々である。
今のクリーンナップはクリス先輩、哲さん、そして御幸というかなり分厚い陣営だが、この成績なら俺がクリーンナップに舞い戻る日も遠くはないと思ってしまう。
「あと一つ勝てば全国制覇か……でも、思ってたよりもあんまり実感が湧かねぇな」
次の試合に勝てば全国制覇という一つの偉業を達成する事になる。
ただ、トントン拍子とまではいかないがここまで特に危なげない試合展開が続いていたので、俺はどこかイマイチ乗り切れていないというか……目指していたモノがあと一歩で手に入るという事実に頭が追い付いていない感じだった。
「ここまであっという間だったからな。それも無理はないさ。どうせお前は試合になれば勝手にエンジンが掛かるんだし、今から張り切り過ぎて明日ガス欠を起こすより、今日はゆっくりしていれば良いさ」
「そうなんだけどさ……なんかこう、勝っても負けても明日で大会が終わるって考えると、もっと続けば良いのになって思うんだよな」
甲子園のマウンドに立つことで俺はかなり強くなれた。
全国の猛者達をねじ伏せて試合に勝利する、その度に自分の限界が無くなっていくような感覚があった。
だから、この大会が長く続けば続くほどもっと強くなれる筈なんだ。
それなのに甲子園は明日で終わってしまう。
俺にはそれがどうしようもなく残念な気持ちにさせられる。
「ヒャハハ、心配しなくても、これからまだまだ甲子園に戻ってこれんだろ。俺たちは春夏合わせてあと三回もチャンスがあるんだぜ?」
……確かに倉持の言う通りだな。
今回の甲子園は明日で終わりだが、またすぐにでも次の大会が始まって、甲子園にもまた何度か来るチャンスはある。
これが最後ではないし、むしろまだまだ強くなれる機会はたくさんあるだろう。
それを思えば明日で終わりの甲子園もそこまで惜しくはない。
「って、なんで倉持が俺らの部屋にいるんだよ。確かお前は伊佐敷先輩と同室だったんじゃないのか?」
「温泉から戻る途中ついでに寄ったんだ。部屋に戻っても、純さんは素振りに行ってるからつまんねーしな」
倉持は甲子園でも自分の持ち味を存分に活かしている。
塁に出ればバンバン盗塁しているので、シングルヒットでもほとんどツーベースヒットみたいになってしまうという有様だ。
そして二塁からはヒット一本でホームまで還って来るもんだから、対戦相手からは最も塁に出してはいけないバッターとして警戒されているとか何とか。
「ふーん、別に良いけどさ。丁度これから明日の対戦相手を御幸に解説してもらうとこだったんだ。どうせなら聞いてけよ」
そうして倉持も予習に参加する事になった。
御幸は荷物の中から一冊のノートを取り出し、俺たちに向けて説明を始める。
「決勝戦の相手は言わずと知れた強豪校、大阪桐生だ」
「あ、その名前聞いたことある」
「だろうな。甲子園常連校の筆頭とも言える高校だし、ニュースなんかでもよく取り上げられているから。そして当然だが、強いぞ」
そりゃ大いに結構。
強いって聞くと燃えてくる。
「話を続けるぜ。今年の大阪桐生は一人の選手を中心にしているチームで、その選手の名前は舘 広美。4番でエース、重いストレートにキレのあるスライダーが特徴らしい」
「ほうほう」
「球速はどんくらいだ? まさか南雲より速いってわけじゃないよな」
「当たり前だ。速くとも140キロ後半ってところだから、ウチのエースと比べると明らかに遅く感じると思うぞ」
それじゃあ青道打線が打てないって事はなさそうだな。
俺は練習でもたまにバッティングピッチャーをすることがあるから、みんな速い球には慣れている筈だ。
スライダーも俺の持ち球だしね。
「ただ、だからと言って舐めてかかれば痛い目を見るだろうな。ピッチャーとしての実力は南雲の方が上だが、選手としての実力は……たぶん向こうが上だ」
「どういうことだってばよ?」
「エースで4番、そういう選手がいるチームははっきりと二つのタイプに分かれるんだ。そいつのワンマンチームか、そいつを中心にして団結するチームとにな」
「大阪桐生は後者ってわけね」
「ああ。それに周りの選手だって決して能力が低いわけじゃない。むしろ他校ならバケモン扱いされるようなレベルの選手が集まっている」
ヤバいじゃん。
だがそれが良い。
選手の質ならウチだってどこにも負けていない自信がある。
それこそ大阪桐生にだってな。
俺と御幸で徹底的に相手打線を抑えて、反対に青道打線がバンバン点を取ってくれれば良いんだ。
やるべきことは実に単純明快である。