ばっちり目が合った後も成宮は中々話そうとはしなかったが、わざわざ一人で俺に会いに来ているんだから何か話したい事でもあるんだろう。
成宮と最後に会ったのは秋大の予選。
夏のリベンジだと燃える青道の前に、稲実のエースであった成宮は最後の最後まで試合に出てこなかった。
投げ合えると思っていた俺は期待を裏切られて、試合が終わってもフラストレーションが溜まってしまったのを今でもよく覚えている。
だけど今思えば成宮にも色々と事情はあったんだろうし、今さらそれを蒸し返して指摘するほど狭い心の持ち主ではない。
それに今年は最高の状態の成宮……ひいては最高の状態の稲実と戦えそうだから別に良いと思った。
「最後に会った時は鼻水垂らしながら泣いてたっけ?」
しかし、少しくらい軽口を言っても許されるだろう。
「泣いてないよ! 鼻水も垂らしてないし!」
「そうだったか? まぁ、それはどっちでも良いけど」
「よくないからね!?」
すぐさま否定してくるが、俺の記憶が確かなら成宮は間違いなく泣いていたし鼻水を垂らしまくっていた。
まぁ、そこは追求してやらないでおこう。
プライドの高い成宮のことだからどうせ素直には認めない。
こうして揶揄ってやると面白いからついついちょっかいを出してしまうのだけど、噛み付いてくるだけの気概があるのならもう心配はいらないか。
尤も、別に最初から心配はしていないけどさ。
「その様子だともう大丈夫そうだな」
「あったりまえだよ! あの時はちょっと、その……調子を崩してただけだし!」
「ならいいさ。期待してるぜ、成宮」
「その余裕の笑みを引き剥がしてあげるよ、絶対に!」
結局、秋大の時の試合では一度目の敗戦の借りを返せずに終わった。
だからこそ色々と憤りもあったんだが、今の成宮を見ればそんな細かいことよりも早く対戦して見たいという気持ちの方が圧倒的に大きい。
本番は夏。
だけど、その前にこの都大会でお手並みを拝見しよう。
もしかすると関東大会でも戦える機会が巡って来るかもしれないな。
楽しみが多くて俺も本当に嬉しいよ。
「んで、どうしたよ。わざわざ俺に会いに来たからには、何か用でもあるんだよな?」
「えっと、まぁ……」
なんとも歯切れの悪い反応だった。
そこまで長い付き合いではないが、御幸から成宮の性格はある程度聞いている。
少なくともこんな控えめな態度を取るようなやつではないので、やはり成宮も色々と思うところはあったらしい。
「そういえばこうやって会うのは秋以来か。あの時は不完全燃焼で正直腹が立ったけど……俺も良くない態度を取ってた。悪かったな」
これは本心だ。
あの時の俺は試合の途中から苛立ってしまい、冷静とは言えない状態でプレーを続けていた。
試合後の態度もあまり良いとは言えなかっただろう。
成宮のことを非難する資格は俺には無い。
「いや、あん時は……おれが悪かった。勝手に落ち込んで勝手に自滅してたんだ。チームにもいっぱい迷惑をかけたし、お前らにも失礼なことをしたって後悔してる。だから、ごめん」
……えらく素直だな。
あまりにも真剣な表情をしているから流石に揶揄えるような雰囲気ではない。
俺は御幸と違って空気を読める男だからね。
ここはしっかりと受け止めてやるのが器の大きい男と言えるだろう。
「じゃあお互い様ってことでいいじゃん。そんで、試合する時は全力でやろう。本番はやっぱり夏の大会だけど、俺は都大会でも負けるつもりはないから」
過去の出来事よりも大事なのは今、そして未来だ。
いつまでも引きずってもらっても困る。
「……あぁ。今度は全力でお前ら青道をウチが倒してやるから、覚悟しとけ!」
ビシッとそう宣言する成宮。
初めて会った時のような、自信に溢れまるで物語の主人公みたいに綺麗でまっすぐな瞳を輝かせている。
ふむ、さっきまでと違って一気に普段の調子に戻ったからか、俺の内側に押さえ込んでいた悪戯心が沸々と沸き上がってきた。
「わかった。受けて立とう。俺は去年よりもずっと強くなっているからな。でも──今度は負けても泣くなよ、鳴ちゃん?」
思わず口から出てしまった言葉に、成宮は半ギレで地団駄を踏んだ。
「なっ、だから泣かないって言ってるだろ?! 次は絶対負けないし!」
我ながら大人げないことをしてしまったと思い、子供をあやすように宥めているとかえって逆効果になってしまい、最終的には怒りながら帰って行った。
そして一度こちらへ振り返ると、俺の方を指差して「南雲!」と叫びながら挑発的な笑みを浮かべる。
「今度はウチが全国の頂点に立つ! お前だけ先へはいかせないよ!」
成宮はそうして自分の言いたいことを言って満足した様子で帰っていった。
「……先へは行かせない、か。ははは、待ってるぜ。成宮」