ダイジョーブじゃない手術を受けた俺141

 練習を切り上げた俺は夕飯を平らげ、早足で風呂場へと向かう。
 その時に後ろで騒ぐ沢村の声が聞こえた気がするが、今は人が少ないうちにゆっくりと湯船に浸かりたいから放置した。
 あの元気な後輩の相手は他の人に任せて俺は今日の疲れをしっかり風呂で洗い流すとしよう。
 試合の疲れはそこまで大きくはないが、こういうのはその日のうちに取っておかないと身体に疲労が蓄積して大怪我に繋がったりする。
 だからこれも練習の一環なのだ。

 まぁ、実は単純に俺が風呂好きっていうのが一番の理由なんだけね。

「ありゃ、先に誰か入ってるみたいだ」

 引き戸を開けて風呂場に入ると湯気でシルエットしか見えなかったが、誰かいるのはすぐに分かった。
 あれは……たぶん監督だな。
 俺が扉を開けたことで中に溜まっていた湯気が逃げていき、視界が開けるといつも通りグラサンを掛けたまま湯船に浸かる監督がいた。

 やはりそうか。
 監督はこの時間に居ることが多い。
 いつもじゃないけど俺も割と今の時間帯に来ることが多いので、こうしてばったり会うというのもよくあることだ。
 初めは気まずい感じがしたけど今ではすっかり慣れてしまった。
 本当は一人でゆっくりしようと思っていたけど、相手が監督なら一人じゃなくてもゆっくりできるから何も問題ない。

 身体を洗って汗と汚れをしっかり落としてから湯船の中に腰を下ろすと、疲れが溶けていくように感じがして思わず声が溢れそうになった。
 今は俺と監督の二人しか居ないから手足を伸ばしてリラックしてても誰にも迷惑はかからない。
 このくらいで怒られたりしないのは既に実証済みだ。

 あ、そうだ。
 ちょうど良い機会だから監督になぜ今日の試合の先発を昨日のうちに発表しなかったのか聞いてみるか。

「あの監督、ちょっと質問が──」

 しかし、脱衣所の方から「チクショー!」と何やら苛立った声が聞こえてきたので中断した。

 一体誰がそんな大声を出しているのかと思っていると、それから「俺だって同じ一年なんだぞ!」やら、「大体なんだあのグラサンは! ヤクザか!」なんて声もする。
 グラサンとはほぼ間違いなく監督のことだろう。
 それに関しては間違えられても不思議ではない見た目をしていると俺も思うがね。
 横でピクッと青筋を立てている般若を見れば笑うに笑えない。

 あーあ、間の悪いやつだ。
 監督の悪口を本人の近くで言うんだからな。
 扉が勢いよく開れ、現れたのは鼻息を荒くさせている沢村だった。

 ぷっ、お前かよ!
 ……あれ?
 でも以前の俺も同じようなことがあった気がするんだが、気の所為か? 

「げっ、監督……!」

 ようやくこちらに気付いたようだが、時すでに遅し。
 沢村は真っ青な顔のままシャワーを浴び、そして恐る恐るといった様子で俺の隣に座った。
 チラチラと監督を横目で伺っているあたり、流石にさっきのは不味いと思っているらしい。

「ははは、お前は何かやらかさないと気が済まないのかよ」

「うぅ、今のは違うんです……ちょっとタイミングが……」

 普段の威勢は何処へ行ったのか、すっかり小さくなって大人しくなった。
 沢村の登場ですっかり試合のことを尋ねる雰囲気ではなくなってしまったので、どうせなら少しこいつの話を聞いてやるとするか。

「それで、なんであんなに怒ってたんだよ。一年がどうのってのは聞こえたけど」

「いや、えっと……明日紅白戦があるんですよね? 俺は外で走ってたんで聞いてなくて、それで監督は俺を出すつもりがないんだと……」

 あー、なるほど。
 自分だけ紅白戦のことを知らされていなかったから、それで監督に対してあんなに怒っていたのか。

「おい」

 そこで監督が口を挟んできた。

「ひゃい!?」

「お前は以前からこのチームでエースになると大口を叩いていたが、今日の南雲のピッチングを見てもなお同じことが言えるのか?」

 これは、沢村を試しているのか。
 返答次第では明日の紅白戦の出場の有無が変わるかもしれない。

「……南雲先輩は確かに凄かった。今の俺とは比べ物にならないほどの差があるってことは馬鹿でもわかる。でも、それでも諦める理由にはならない!……です」

「ほぅ?」

 お、やるじゃん。
 流石はエースになるって言うだけはある。
 監督にそこまで啖呵を切れる度胸があれば今のところは十分だろう。

「俺は沢村を紅白戦に出すのは賛成です。少しでも良いんで、どうにか出してやってもらえません?」

「南雲先輩……!」

 監督からは興味深そうな視線、沢村からは感激したような視線を向けられる。

「お前がそこまで言うなんて珍しいな。何か理由でもあるのか?」

「いや、特に深い理由はありませんよ。そもそも沢村がどういうピッチングするのかも知りませんし」

「む?」

「南雲先輩!?」

 まてまて、最後まで話を聞けよ。
 捨てられそうになってる子猫みたいな顔をするな。

「――ただ、理由はよくわからないんですけど沢村には妙に応援したくなるナニカがあるんですよね。こいつなら凄いことをやってくれる、みたいな」

 そのナニカってのはまだよくわからない。
 そもそも俺の気の所為かもしれないし、沢村に投手としての資質があるのかすらもわかっていない。
 だけどこいつには妙に人を惹きつける力があると思う。

 ――まるで物語の主人公みたいな。

「……お前がそこまで言うのならもう一度だけチャンスをやろう。明日の紅白戦でその小僧の実力を見る」

「マジっすか!?」

「だが、ウチに大口を叩くだけの選手は要らん。このチームに残りたくば実力を示せ!」

「は、はい!」

 こうして無事に沢村の参戦が決まった。
 やる気を漲らせる沢村を横目に、俺もようやくこいつのピッチングを見れると喜んでいた。

 

   

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