翌日、紅白戦の開始予定時刻となったので屋内練習場を抜け出し、第2グラウンドまで足を運んだ。
主力メンバーは午前中の間は自主練の時間となっており、こうして観戦しに行くのも自由である。
御幸もさっきまで一緒に居たんだが、今はブルペンで沢村のアップに付き合っていた。
「それではこれより紅白戦を始める! 両者、礼」
先攻は一年生チームから始まった。
二、三年チームの先発は三年生の右腕投手のようだ。
あの人はこれまで公式戦での登板記録こそないが、練習試合では何度か投げているのを見たことがある。
130キロ後半のフォーシームと、キレのあるフォークボールを投げるピッチャーだった。
……三年生である先輩にはもう後がないので、この紅白戦でそれなり以上の結果を残さないと今から一軍へ上がるというのは非常に難しくなる。
そうなれば最後の大会に出場することなく引退が決まってしまう。
故に、気合いの入り方は一年と比ではなかった。
ただでさえ元々の実力が大きく開いているというのに、あれでは点を入れることすらほぼ不可能なんじゃないかなとさえ思えてしまうな。
「──ストライク、バッターアウト! チェンジ!」
そんな俺の予想通りというか、初回の攻撃で一年生は手も足も出ず、三者凡退という形で早々に終了した。
一年相手に当然と言えばそれまでだが中々気迫のこもった良いピッチングだった。
あれを入部したての一年生に打てというのは流石に酷だろう。
だけど問題はここからだ。
試合で暴れたくて仕方ないという連中が容赦なく襲い掛かってくるぞ。
彼らの攻撃を凌ぐには生半可な実力では到底不可能であり、浮ついた気持ちのままだと立ち直れないほどのダメージを負うことになるかもしれない。
さぁ、果たして一年生たちはどれくらいの失点に抑えられるかな?
◆◆◆
たった今、ようやく三つ目のアウトを取って攻守が切り替わった。
12-0。
それが初回が終わってのスコアである。
おまけに今まで投げていたピッチャーは既にノックアウト寸前といった様子で、他のチームメイト達もほとんどが諦めムードを漂わせていた。
いっそ早く終わってくれと言わんばかりの盛り下がり様だ。
一方が諦めている試合ほど観ていてつまらないものはない。
金丸はなんとか周りを鼓舞しようとしているみたいだが、それに同調しているのが沢村ひとりなのでもうどうしようもない状態である。
「あ、倉持じゃん。そっちも試合を観に来たんだ」
少し退屈になって辺りを見渡すと、ちょうど倉持が歩いてくるのが見えた。
「おう、バカ村が先輩たち相手にどこまでやれるのか見てやろうと思って。ヒャハハハ」
そう言って倉持は俺の隣に座った。
実力が離れすぎていてあまり見応えの無い試合だから、こうして話し相手が居てくれるのは助かる。
「それで今どんな感じだ……って、初回から見事に大炎上してんなぁ。遠くからチラッと見てたけど、あのピッチャーって中学では結構有名だったんだろ?」
「投げる球はそんなに悪くないんだけど、特別良くもなくてさ。二、三年からするとちょうど打ち頃の球なんだよ。まぁ、今後に期待って感じの投手かな」
何か一つでも決め球みたいなものがあれば一気に投球の幅が広がって面白くなると思う。
是非ともその才能を開花させて欲しいが、あれだけ打ち込まれると折れてしまう選手も多いだろう。
強力なライバルは多ければ多いほど切磋琢磨できて俺も強くなれるから、むしろ今回の試合をバネにするくらいの強い意志を見せて貰いたい。
心が折れさえしなければ案外成長するもんだし。
「バカ村と降谷って奴はまだ出て来ねぇの?」
「まだだよ。でもあの様子だともうすぐ出てくると思う」
今まで投げていない投手の顔にはもうマウンドから降りたいって書いてあるし、これ以上投げさせる意味はないだろう。
あれだけポンポン打たれれば仕方ないかもしれないが……同じ投手としては少し同情してしまうな。
ああいう時はキャッチャーや周りの選手が声をかけてやると持ち直すこともあるから、本来ならチームメイトが積極的に声を出して助けてやるのが正しい。
ちなみに沢村はまだグラウンドには出て来ないが、さっきから応援の声だけは人一倍大きくて既に存在感を発揮している。
見失っても何処にいるかすぐにわかるほどだ。
一応、アピールにはなっているんじゃないかな。
本人は別に意図していないだろうけど。
「あーあ、この回も三者凡退か。こりゃ今年は一点も入れられねーんじゃねぇか?」
言ってるそばからあっという間に攻守交代だ。
ヒット一本でも出れば流れがガラッと変わるかもしれないが、こればかりは仕方ない。
「選手の交代があるみたいだな」
どうやら一年側は選手の総入れ替えを行うらしく、次々と名前が呼ばれていく。
そして監督から呼ばれたのは沢村はマウンドへ、
「降谷! マウンドへ上がれ!」
は上がらず、代わりに怪物ピッチャーとの噂がある降谷がマウンドへと上がったのだった。