ダイジョーブじゃない手術を受けた俺143

 マウンドに上がった降谷の表情からは緊張や気負いがあるようには見えなかった。
 良いように捉えれば動じない精神力を持っていると言えるが、俺にはどこか勝敗にそこまで関心が無いように感じられた。
 まぁ、点差がここまで開いているからかもしれないし、この状況であんな振る舞いが出来るのなら上等だろう。
 どちらにせよ肝が据わっていることに間違いはない。

 ただ、ひとつだけ気になる事がある。
 何故かマウンドに上がった降谷を見た二、三年が妙に殺気立ったような気配を放ち始めたのだ。
 さっきまでも闘志剥き出しのプレーで一年生を縮こまらせていたが、ここまで個人を相手に威圧するような真似はしていなかったと思うのだけど。
 もしかして向こうで何かあったんだろうか? 

「倉持、降谷が出てきた途端に二、三年の様子が変わった気がするんだけど何か知ってる?」

「あ? お前昨日の食堂でのことを知らねぇの? あいつ、今日の試合で誰にも打たせないとか言ったんだぜ。それも先輩たちがいる前でな」

 あー、なるほど。
 降谷が出てきた後の変化はそれが理由か。
 確かに入部したての奴からそんなことを言われれば怒るのも無理はない。
 本人がどういう意図でそう言ったのかまでは分からないけど、縮こまっているよりはむしろ元気があって大変よろしいことじゃないの。
 俺は降谷に関して勝手にクールな印象を持っていたが、見た目よりもずっと熱い男なのかもしれないな。

 その一方で、俺の中でのもう一人の注目選手である沢村はライトへ配置されていた。
 まさかの外野である。
 さっきまで御幸を掴まえて念入りにアップをしていただけに、本人からしてもまさかの結果だろう。
 俺はてっきり監督から事前に準備しておけと言われていたから、御幸と一緒にアップしていたのだと思っていたんだけどね。
 ポツンと立っている姿がどこか憐れみを覚えてしまうぜ……。

 するとさっきまで沢村の相手をしていた御幸が笑いながら合流してきた。

「いやー、あいつが外野に行った時は笑ったよな。あんだけ念入りにアップしたのに、投げさせてもらえねーの」

 そう言ってゲラゲラと無遠慮に笑う御幸。
 まったく、少しは沢村の気持ちも考えてやれよ。
 哀愁漂うあの姿がお前には見えんのか。

「笑いすぎだぞ、御幸。ほら、お前に釣られて倉持まで笑い始めたじゃん」

「ヒャハハハ、しばらくあいつの話題には困りそうにねーな!」

 こんな先輩たちに目を付けられてしまうとは……強く生きろよ、沢村。

 さて、しかし今は沢村よりも降谷だ。
 ウチの部員から怪物ルーキーなんて呼ばれるくらいだから、少なくともそれに見合うだけの実力はあるんだろう。
 誰にも打たせない、という大胆な発言といい期待が高まる。
 自分が試合に出る訳でもないのにワクワクしている自分がいた。

 そして、降谷は相手チームからの敵意を一身に浴びながらゆっくりと振りかぶる。
 その投球フォームは俺と少し似ていて、身体を大きく使いながらリリースする直前まで余計な力を抜いているような投げ方だった。
 異様な静けさの中、降谷は腕を振り下ろし白球を解き放つ。

 ──次の瞬間、空気が引き裂かれた。

「……ほぅ」

 右腕から一直線に突き進む一筋の線。
 空間そのものを破壊しているような力強さだ。
 しかもその白球は生き物のように荒れ狂い、唸りを上げながらキャッチャーミットをすり抜けてしまい、そのまま浮かび上がるように審判をしていた監督の顔面に直撃した。

 うわぁ、痛そう……。
 いくらマスクをしていると言っても、キャッチャーが取り損ねるほどの直球をまともに食らったんだからかなりの衝撃だった筈だ。
 思わず心配で声が出そうになるが、そこは我らが最強の片岡監督。
 何事もなかったかのように降谷に二軍への合流を命じてケロッとしていたのは流石である。

「すげぇ球だったな。それを顔面に食らったてピンピンしてる監督も凄いけど」

 球速は大体150キロくらいかな。
 だが、球速以上にボールから放たれる圧力というか、こんな遠くから見ているだけなのに迫力が凄まじかった。
 球の速さはともかく、球威に関しては俺よりもあるかもしれない。
 キャッチャーが取り損ねるくらいだからノビもそれなり以上にはあると思われる。
 打席に立てば一体どんな球に見えるのかちょっと想像が付かない。

 油断してたらすぐにでも食われるかもしれないと思わせるポテンシャル……これからの成長具合を考慮すれば追い抜かれるのも十分にあり得る話だ。
 監督も降谷の実力を認めたのか、この一球だけで一軍への練習に参加する許可を出したみたい。

 強力なライバル出現ってところか。
 負けるつもりは微塵もないが、降谷が今後俺のライバルとなるのはほぼ間違いないだろう。

「やるな。どうやらあの降谷って一年は口だけじゃないみたいだ」

「でも南雲の球を見慣れているからか、そこまで驚きはないよな。確かにあの直球はインパクトあったけど」

 そうかな? 
 普通にびっくりする威力だったけど……って、気付けば降谷が居なくなったマウンドに沢村が勝手に上がっていた。
 いつの間にライトから移動していたんだよお前。
 降谷が交代するというのが聞こえていたようで、ようやく俺の出番かと言わんばかりに投げる気満々で待機しているのが見える。

「次は俺の番ですよね!?」

「……いいだろう。沢村、次はお前が投げろ」

 そんな沢村に根負けしたのか、監督は次の投手に指名したのだった。

 

   

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