降谷がたった一球で自分の力を認めさせるという離れ業をやってのけた後、次のマウンドに立ったのは同じく一年の沢村だ。
一足先に降谷がインパクトのある結果を残したからこそ、沢村もこの試合で何かしらの実力を見せないと試合に出る機会もしばらくの間は失われる。
しかも、もしここで少しでも相手に気圧されればノックアウトまっしぐら……すぐに交代させられてしまうだろうね。
今は二、三年チームが勢いに乗っている状態で、生半可なピッチングをすれば一気に呑まれそうな感じだし。
ここが勝負どころだぞ、沢村。
お前の高校野球生活はこの試合の結果次第で大きく分かれることになるだろう。
同じ学年のライバルに一歩出遅れるのか、それとも何とか食らいついていくのか。
「ガンガン打たすんで、あとはよろしく！ 勝負はここからだぜ、ガハハハ！」
と、そんなよく通る明るい声がグラウンドに響いた。
ははっ、どうやら今の沢村はそんな細かいことは考えていないみたいだな。
プレッシャーどころか今のこの瞬間が楽しくて仕方ないって顔してる。
あいつは入部してからこれまでの期間、長らく軽い練習すら出来ない日々を過ごしていた。
だからこの状況で興奮するなってのも無理な話か。
試合に勝つことしか頭になさそうに見えるし、降谷とは別の方向であいつもまたピッチャー向きの性格をしているようだった。
「やっぱあいつは良いピッチャーだな」
「まだ投げてもいねぇぞ？」
「どんなにヤバい球を投げるピッチャーよりも、俺は一人で空気を変えちゃうような選手の方が怖い。沢村は間違いなくそういうタイプだよ」
味方にいれば心強いが、敵だと非常に厄介な存在。
今の沢村がそこまでの選手だとは正直思わないけど、いずれはそんな選手へと成長していくんじゃないかと期待している。
そんなことを考えている間にも試合は進む。
左利きの沢村は右足を大きく振り上げ、そのまま俺から見てもかなり無駄な動きが多いモーションでボールを放った。
思い切りの良さだけは飛び抜けているような投球フォームだ。
そして、放たれたボールはそのままキャッチャーミットに吸い込まれ──ることはなく、初球からカキンッ！ と快音が響いてボールはレフト方向へと伸びていく。
しっかり腕を振れていたと思うがコース自体も甘かった。
これはひょっとすると一発目からやらかしたか？
「これは長打になる……と思ったらナイスキャッチ！」
が、深めに守っていた守備に運良く救われてレフトフライに打ち取った。
もう一押しで危うくホームランだったけどアウトはアウト、どんな形であれ相手を打ち取れたのなら結果オーライだ。
続くバッターも初球から打ちにいって鋭い打球が飛んだが、サードの正面に行ってしまい、それを危なげなく金丸が捕球した。
そして三人目もフラフラっと打ち上がってピッチャーフライ、スリーアウトである。
つまりこの回は二、三年チームが初めての無得点に終わったということ。
それも綺麗に三者凡退だ。
聞こえてくるのは運が悪かったとか、絶好球すぎて逆に打ちにくかったとか、明らかに沢村が抑えたことをマグレだとする声だった。
でも、それじゃあ中々打てないよ。
なんせあいつ投げる球は全て──ムービングボールだから。
手元で微妙に変化し、バットの芯を外すことで凡打にすることを目的とした変化球、それがムービングボール。
さっきの三者凡退も決してマグレなんかじゃない。
早くそれに気付かないと、沢村にいいように試合を引っ掻き回されてしまうぞ。
「へぇ、バカ村のくせに結構やるな。確かムービングだったか？」
「ああ。でもあれはただのクセ球だぞ。南雲のカットボールとは違って、自分でどういう球を投げているのかすら分かっていないし、そもそも鷲掴みで投げているから毎回微妙に違う変化をするんだ。今のままじゃ試合では怖くて使えねーな」
「鷲掴みって……そんなんでよく投げられんな」
倉持が驚きと呆れが半々といった表情を浮かべた。
俺もあいつがボールを鷲掴みしているのを見た時は正直めちゃくちゃ驚いた。
でもこうして見ると結構さまになっていて、立派な武器になっている。
相手を打ち取れるのなら不恰好でも全然アリ。
今は全く使いこなせていないけど、もしもあれを使いこなせるようになればかなり面白い事になると思う。
早く完成形を見てみたいもんだ。
「俺も今度、鷲掴みで投げてみようかな。意外と良い感じになるんじゃね？」
「おいおい、それはやめとけ。わざわざそんなゲテモノに手を出さなくても、お前の変化球は一級品のものばかりなんだ。新しい変化球を試すならもっと別のがあんだろ」
御幸は俺の呟きに対して即座に否定してきた。
ゲテモノて……それをバンバン投げてる沢村が目の前にいるだろうに、相変わらず言葉をオブラートに包むということを知らない男だ。
ただまぁ、言われてみれば確かにわざわざあれに手を出す必要は無いか。
俺は凡打に打ち取るよりもどちらかといえば三振を奪う方が楽しいしね。
さぁて、もう試合の勝敗は決まっただろうし、ここら辺で観戦は切り上げて俺たちは自分の練習に戻るか。
試合に触発されてジッとしているのも飽きちゃった。
「んじゃ、そろそろ練習に戻ろう。試合を見てたら俺も少し投げたくなった」
俺がそう言うと二人も同じように思っていたらしく、あっさりと立ち上がって観戦を切り上げて俺たちはその場を後にした。
後ろから飛んで来る沢村の馬鹿デカイ声を聞きながら。