試合は進んで今は6回の表、市大三高の攻撃が終わって攻守が切り替わったところだった。
グラウンドから戻って来た俺はベンチに腰を下ろし、そこからスコアボードに並んだ数字を見て拳を強く握り締める。
「……これはまずい」
市大三校の攻撃が終わった時点で点差は2-1。
こちらがリードしている……わけではなく、その反対で市大三高にリードを許している状況だ。
先発だった俺は3イニングを無失点で切り抜け、次のリリーフピッチャーであるノリにバトンを渡すことが出来たのだが、ノリが市大三高打線につかまって逆転されてしまったのだ。
ピッチング自体は悪くなく、むしろかなり調子は良い方だった。
ただ、それよりも市大三高の打撃力が上回ってきただけのこと。
それでもしっかりと3イニングを投げ抜いたのは成長の証と言える。
……本人は今、逆転を許してしまった負い目と疲れでベンチでダウンしているけど。
そして、この後の回からは丹波さんが登板することになる。
先輩にはあまり良くないこの流れを変えて、逆転のきっかけになるような気迫のこもったピッチングを期待したい。
やけに気合いが入っているみたいだしね。
「それにしても向こうのピッチャー、益々ボールにキレが出てきてやがんな。変化球、特にスライダーがかなりヤバい」
御幸も天久のピッチングに中々苦渋を舐めさせられていた。
初回こそ御幸のバットで先制点を入れたんだけど、その後は徐々に調子を上げてきた天久にいいようにやられているからな。
他の面子も似たようなものだ。
バットに当たらない訳でも、ましてやヒットが出ない訳でもないが、点を入れるまでの道のりがとてつもなく遠く感じる。
「たまにヒットが出ても全く動じた様子が無いしね。強いよ、天久は」
市大三高のマウンドに上がり、俺たち青道をこれ以上なく苦しめている男──天久 光聖。
ブルペンでの投球もかなり良い球を投げていて十分に警戒していたつもりだったが、あいつの投球は回を追うごとにボールのキレが増している。
初回にウチが先制点を挙げたが、そこから追加点を挙げられないのがその証拠だ。
昨日クリス先輩が言っていた真中さん以上の潜在能力を秘めた選手だ、というのにも納得である。
その天久が青道打線を未だ初回の一点のみの失点で抑え、試合の流れを完璧に向こう側へと引き込んでいるのだから。
まだまだ焦る段階じゃないと思うけど、この盤面をひっくり返すのは中々に骨が折れそうだった。
「この回はお前からの打順だったな。南雲、スライダーには気を付けろよ」
「わかってるって」
俺は3イニングを投げ終わってからもレフトのポジションに移動してまだ試合に出ている。
だからバットで何とかこれから登板する予定の丹波さんを援護してあげたいんだけど、これまでの天久のピッチングを見ているとそう簡単にはいきそうにない。
ウチの打線もポツポツとはヒットを打っているんだが、中々それが得点に繋がらないんだ。
特に俺のバッティング技術ではあのスライダーを打つことは難しい。
当てるくらいは出来るがヒットにはならないだろう。
だから最初からスライダーは捨てて、直球一本狙いでバットを振るのが一番塁に出る可能性がありそうかな。
そんなことを考えながら打席に入ってバットを構える。
しかし、そんな俺の考えは向こうのバッテリーに筒抜けだったようで……。
「──ストライクッ、バッターアウト!」
「あー、くそ。俺には直球なしかよ!」
俺の意図が伝わってしまったのか、実際に投げて来たのはスライダー、カーブ、そしてスライダーと三球続けて変化球だった。
球速とキレのあるスライダーにタイミングを外すような緩いカーブ、その二つを上手く組み合わせられ、結局は最後のボール気味のスライダーに手を出して凡打に終わってしまった。
天久は強い。
もちろん市大三高というチーム自体が強いのは確かだが、その中でも天久だけは別格だ。
もしも俺がマウンドにずっと居られたら……この試合をもっと楽しむことが出来ただろうにな。
俺のピッチングで試合の流れを変えることも出来た筈だ。
わがままを言えば今すぐにでもマウンドに戻りたいくらい。
「いいぞ、丹波。その調子で肩の力を抜いていけ。マウンドでもこのピッチングが出来れば打ち込まれることはそうない」
アウトになってベンチに戻ると、ブルペンからそんなクリス先輩の声が聞こえてきた。
次の回からは丹波さんが登板する事になるので、それに伴ってキャッチャーも御幸からクリス先輩に代わることになる。
クリス先輩なら天久を打ち崩せるのかな?
その後、俺のアウトに続いて6番の伊佐敷先輩、7番の増子先輩も同じくアウトに打ち取られた。
この回は三者凡退である。
最初に凡打に終わった俺が言うのもあれだけど、嫌な流れがずっと続くな……。
「南雲、交代だ」
そして、今日はまだヒットの無い俺はレフトの守備すら交代させられてしまったのだった。