ダイジョーブじゃない手術を受けた俺149

「……え? 青道が負けた?」

 稲白実業高校のエース、成宮 鳴はそう聞き返した。

「ああ、市大三校にな。3-2だそうだ」

 答えたのは稲実の正捕手である原田。
 試合前のこの大事な時間に少しでもエースの動揺を誘うような情報を伝えるか迷ったが、最終的に彼は包み隠さず全て話すことを選択した。
 どうせ試合が終わればすぐにわかることなので、今言った方が結果的にはプラスになると思ったのだ。

「南雲が打たれ……るわけないか。丹波さんか川上が打たれたの?」

「まぁな。丹波が1点、川上が2点だ。青道はこの大会中ずっと、投手にそれぞれ3イニングずつ投げさせる継投策を続けていた。今回はそれが裏目に出たらしい。尤も、向こうの監督はそれを分かっていて継投を続けたんだろうが」

 川上が点を入れられた段階でこれまでの継投策を中断し、レフトを守っていた南雲を再びマウンドに上げれば勝敗は変わっていただろう。
 これまでも何度かピンチの場面で南雲が出てきたことがあったが、彼はその全てを無失点で切り抜けている。
 市大三高の打線は確かにレベルが高いものの、怪物という言葉が相応しい南雲から点を奪えるバッターがいるようには原田はとてもじゃないが思えなかった。

「ふーん、大事な場面は全部南雲に任せたら勝ってただろうにね。青道の監督はこの大会を捨てて、投手の成長を取ったんだ」

「そうとも限らんぞ。市大三高の天久ってピッチャー、かなりのもんだったからな。単純に力負けしたって可能性もある」

「いやいや、マサさん。南雲が全イニング投げてたら勝ってたのは青道の方じゃん。あいつから何点も奪える訳ないし、結果的に天久は2点も取られてるんだから、青道が勝ちを捨てたとしか思えないよ」

 成宮はつまらなそうにそう言った。
 青道、特に南雲には必ず返さなければならない大きな借りがある。
 それは直接対戦してこそ返すことの出来る厄介な代物で、この大会で戦えるのなら早々にそれを利子まで付けて返却したいと思っていた。

 成宮にとって青道と再戦することは特別だ。
 それは他の稲実のメンバーにとっても同じではあるが、それでも一際こだわっているのは間違いなく成宮である。

 だが、それは青道が敗退したことで潰えてしまった。
 しかも準々決勝で敗れたということは青道は関東大会には出場できない。
 つまり稲実と青道が再び対戦するのは、公式戦だけに限れば次は夏、甲子園を賭けて競うトーナメントまで数ヶ月のお預けとなる。

 明らかにやる気が失せた成宮の様子に、伝えたのは間違いだったか、と原田は少し後悔した。

「お前が南雲とやり合いたいってのは知っている。だが、モチベーションだけはちゃんと保てよ?」

「わかってるよ、マサさん」

 成宮はパシッ、と顔を叩いて気持ちを切り替える。

「直接投げ合えないのは残念だけど、スタンドのどっかで見てるかもしれない南雲に、おれのピッチングを見せつけてやるんだ」

 そう言って振り返った時の<blockquote></blockquote>彼の表情は間違いなくエースに相応しい男の顔だった。

 

 ◆◆◆

 

 観客席に移動した俺たちはクリス先輩と合流して稲実の試合開始を待っていた。
 左からクリス先輩、御幸、俺、そして天久の順に並んで座っている。

「……どうしてここに天久がいるんだ?」

「俺が聞きたいですよ。なんかこいつ、さっきから離れようとしないんですよね」

 いつのまにやらすっかり馴染んだ様子の天久だけど、ついさっきまで敵同士で試合してたんだよな。
 しかも自分たちが負かした相手と一緒に試合を観るって、改めて考えてみるとかなり失礼なことな気がするぞ。
 少なくとも俺には絶対に真似は出来ない。
 こいつのメンタルはダイヤモンドで出来ているんじゃないだろうか。

「えー、いいじゃん。どうせ観るんなら大勢で観た方が楽しいし。それに、今からウチのチームメイトを探すのメンドーだからさ」

 天久の凄いところはこれが素の性格というところである。
 俺も結構自己中心的な部分があると自覚しているが、天久の場合は自覚がない上に、配慮や思いやりというものが恐らく存在していないのでもはや無敵だ。
 さらに厄介なのが、お互いのピッチングについて話し合った時にちょっとだけ仲良くなってしまったことだろう。
 ここまでくると今さら追い出すのも可哀想に思えてしまうんだよね。

「試合が始まったら大人しくしろよ。御幸とクリス先輩が集中できないから」

 どうせ何を言っても無駄なので、もう居ても良いから大人しくするように釘を刺した。
 別に一言も喋るなって訳じゃないけど、あまり騒ぎ過ぎるのはウチのブレーン二人の迷惑になるだろうから。

「南雲は?」

「俺はほら、直感を大事にしてるから別にいい。それにスタンドから見ただけじゃ何もわからん」

「ははっ、なら俺と一緒だな!」

 天久と一緒……全然嬉しくないなっ! 

 俺たちの会話を聞いていた御幸とクリス先輩が大きくため息を吐いた。

「似た者同士だしな、お前ら」

「どこが!?」

「はっはっは」

 そんなことを話しているうちに稲実の試合が始まった。

 

   

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