稲実と戦うことになる対戦校は春日一高という東地区の強豪校だ。
春日一高は足の速い選手が多く、さらにレギュラーの半分以上が左バッターという構成らしい。
今年は際立った能力を持ったスター選手はいないが、毎年総合力の高い良いチームに仕上げてくるのが春日一高というチームである……と、全部クリス先輩と御幸から聞いた。
そして今、白いユニフォームを身にまとった白髪の選手がマウンドに上がっている。
どうやらこの試合の先発は成宮でいくようだ。
秋の大会ではあいつはベンチで、今回は俺がスタンドで見ているだけなんて奇妙なすれ違いだよな。
次こそはお互いにエースとしてチームを背負って投げ合いたい……いや、心配しなくても俺たちは必ずぶつかり合う。
ただの願望かもしれないけど、何故か不思議と確信が持てた。
「おぉ、あれが稲実の成宮かぁ。生で見るのは初めてだけど、思ってたよりもちっちゃいんだな」
「それ本人には言うなよ? 結構気にしてるみたいだから」
身長に関することを成宮に言うと飛び跳ねながら怒ってくるからな。
あらかじめ言っておいた方が良いだろう。
まぁ、こればかりは俺もよく怒らせているので他人のことを言えたもんじゃないが。
「おっ、良い球投げんじゃん。140キロ後半のストレートに……あ、成宮もスライダー持ってんのか。俺ら三人は気が合うみたいだな」
成宮の球種はMAX148キロのフォーシーム、そしてスライダーとフォークの二つの変化球を持っている。
直球はノビもあってストライクを取れる球だし、変化球二つもカウントを稼いだり決め球に使えたりと強力なボールだ。
まだ俺は映像でしか見たことがないから実際にどれだけ凄いのかはまだわからない。
今日の試合である程度は見極めたい。
「天久の持ち球ってスライダーとカーブだっけ?」
「そそ。一応フォークを練習してるんだけどさ、まだちょっと実戦では使えない感じ。よくすっぽ抜けるし」
「……それ言っていいのか?」
投手にとって持ち球の情報はとても重要だ。
それをこんなにも簡単に敵である俺に伝えていいのかと少し心配になった。
しかし当の本人が『あー、別にいいよ。どうせ見せ球にしか使えないし』と全く気にした様子が無いので大丈夫なんだろう。
まぁ、今はそれよりも試合だ。
春日一高のトップバッターが左打席に入り、バットを短く持って構えている。
このチームには足が速い選手が多いらしいが、肝心のバッティングの方はどれくらいのレベルなんだろうか。
注目の初球、成宮は力の入った直球を投げた。
「ストライクッ!」
スクリーンに表示された球速は144キロ。
MAXの速さではないが、初球にしては悪くない立ち上がりだ。
コントロールも低めにしっかり投げられているし、あとは変化球の調子が良ければ言うことは何も無さそうかな。
なんて、そう思っている間にポンポンとストライクを取ってそのバッターを三振に打ち取った。
こうして直接成宮のピッチングを見るのは初めてだけど、流石に稲実のエースナンバーを背負っているだけはある。
映像で見るよりずっと力強い。
色々あって一皮剥けたみたいだが、俺にはまだ伸びしろがあるようにも見えた。
次のバッターも危なげなくストライクを奪っていき、カウントが有利な状態でストンと落ちるフォークを投げた。
するとこの試合で初めてバットにボールを当てることが出来たものの、ボテボテのサードゴロとなり当然アウトとなる。
続く初回最後のバッターには2球続けて直球を投げ……そして成宮はチェンジアップを投げた。
バッターもそんな球は頭に無かったようで、完璧にタイミングを外されて腰砕けにされている。
「チェンジアップ……あんなのいつ覚えたんだよ、成宮のやつ」
しかもただのチェンジアップではなく、結構な落差もあるように見えた。
緩急に加えてあそこまでの変化量があると打つのは至難の技だろう。
特に成宮の場合は速いフォーシームに変化球まで持っているので、それらと組み合わされるとまず打てない。
自分がチェンジアップを投げている時はここまで厄介なボールだとは思っていなかったけど、こうしてみると非常に打ちにくいボールだったんだな……。
総じてみても危なげないピッチング内容だ。
そして、成宮のピッチングを目の当たりにしたクリス先輩と御幸が難しい顔をして話し合っていた。
「投手としての完成度が以前よりもかなり高くなっているな。しかも厄介なサウスポー。これは思っていた以上に厄介かもしれんな」
「そうですね。夏の時はまだまだ荒削りって感じでしたけど、今はそれとは別人みたいです。あの時でさえウチは成宮を打ち崩せなかったのに、ここにきてあのチェンジアップですからね……」
まだ初回だから当然だけど成宮はピンピンしていて、満足気な様子でベンチへと戻って行く。
その時一瞬だけ目が合った気がしたけど、流石にそれは気のせいだろう。
「成宮が凄いのはわかったけどさ、他のやつらはどうなの?」
「そりゃもちろん曲者揃いだよ。油断してたら俺でも危ない」
稲実の打線も油断ならない選手が揃っている。
先頭打者のカルロスは倉持と同じくらいの走力を持っているし、二番の白河は小湊先輩みたいな選球眼とバッティングセンスがある。
三番は吉沢って三年生で、これまた打率も良く長打力もあるという強打者。
そして四番は──ウチの哲さんにも引けを取らないスラッガーだ。
「うわぁ、バックスクリーン直撃かよ……」
快音が響いたと思った次の瞬間、歓声の中を悠々と回っている選手がいた。
キャッチャーでもありキャプテンでもある原田さんは、間違いなく稲実で一番注意しなければいけないバッターだろう。
逆に言えば攻守共に重要な役目を果たす原田さんを完璧に抑えることが出来れば、勝利へ大きく近付くことになりそうではあるが。
あー、早く稲実と対戦したいなぁ。
マジでなんで負けちゃったんだよ俺のバカ!
たとえ3イニングしか投げられなかったとしても、稲実との試合なんて絶対に面白いのに!
結局、稲実の初回は合計で5得点に終わったのだが、その後の試合展開は一方的だった。