ちょうど試合が終わったタイミングで市大三高の人が天久を探しに来てくれたので、俺たちはそこで別れることになった。
天久本人はけろっとしていたが、迎えに来た恐らく三年生の人は平謝りしていたのが何とも言えない。
あの手慣れた対応を見る限り日頃から天久の後始末をしているんだろうな。
他人事ながら大変そうだった。
「強かったな、稲実」
ポツリ、と御幸が呟いた。
成宮は勿論だけど他の選手も秋と比べてかなり強くなっていたので、今試合をすればあの時のように簡単に抑えることは出来ないだろう。
特に四番でキャプテンである原田さんは格段に成長していた。
元から長打力のある怖いバッターだったけど、今日の試合で見たあの人はスタンドからでも寒気を感じるほどの圧力を放っていたから。
あんなの哲さん以外からは感じたことがない。
抑える自信は勿論あるが、三打席完璧に打ち取るっていうのはちょっと難しいかもしれないな。
ああいうタイプのバッターは稀に実力以上の力を発揮する時があるし。
「帰ったらすぐ練習しようぜ。今日は全然投げ足りないし、バットもいっぱい振らないと寝れそうにないや」
俺の一番の課題はバッティングだ。
天久レベルのピッチャーが相手だと、これまでもあんまり良い成績を残すことが出来ていない。
このままじゃむしろ俺がクリーンナップから外れた方が上手く打線が繋がる気もする。
もっとバッティング技術の方もレベルアップしていかないと、レベルの高い投手相手には通用しないと改めて実感した。
これでもバットを振る回数はかなり増やしてはいるんだけどね。
スイングフォームの改善で打率も上がったし、ホームランの数だって増えている。
普通ならそこまで焦る必要はない成績だと思う。
でも、打てないのは悔しい。
だから今よりもずっとミートする力を底上げしておく必要がある。
普段から木製バットで練習しているから入学した時よりも格段にミート力は上がっている筈なんだけど、俺の理想にはまだまだ足りなかった。
次に天久と戦う時は絶対に打ち返してやりたい。
「いや、まずは帰ってミーティングだろ。今日の試合の反省会やるって言ってたから」
「うげっ、忘れてた……」
冷静な御幸の突っ込みが飛んで来た。
そうか、ミーティングがあるのか。
怒ってたもんな監督。
あの怒り具合から察するに今日はボール自体に触らせてすらもらえないかもしれないな……。
そんなことを考えながら俺たちは電車に乗り込み、青道高校への帰路へとついた。
◆◆◆
電車に揺られながら学校に戻った時にはもう日が暮れそうになっていた。
そして俺たちが到着してすぐにミーティングが始まり、久しぶりのピリついた空気にほとんどの部員が緊張した様子を見せている。
理由は言わずもがな、今日の試合で俺たちは市大三校に負けただけじゃなく、普段はしないようなミスを何度も犯したからだろう。
一つ一つは小さなミスでもそれがチーム内に連鎖していき、最後まで逆転する流れを掴めずに試合が終わったのだ。
その結果が3-2というスコアでの敗北である。
たった一点の差だけど、ここにはもっと大きな差があったように俺は感じていた。
「お前ら、今日の試合はなんだ?」
誰も口を開けない。
皆んな今日の試合の内容が不甲斐ない結果だったと自覚があるんだと思う。
俺だってそうだ。
今日は5番を任されている選手としてのバッティングが全く出来なかったし、あれなら俺がクリーンナップじゃない方が打線が上手く繋がっていた。
もしかすると逆転だって出来ていたかもしれない。
調子が良ければレフトの守備からも変えられることもなかっただろうし。
「相手の投手が予想外の力を発揮し、逆転された。たったそれだけのことで焦り、しなくても良いミスを連発する。それがお前たちのやりたい野球か?」
天久は立ち上がりこそ不安定で付け入る隙は幾らでもあったが、初回以降のピッチングは確かに凄かった。
実際、終盤でもう一点取れたのは相手のスタミナ切れが大きな要因の一つだと思う。
だけどそれは負けた理由にはならない。
相手ピッチャーがどれだけ凄かろうと点を取れるだけの力を青道は持っている筈だし、そもそもいつも通りの実力を発揮出来てさえいれば逆転することだって不可能じゃなかった。
それが出来なかったというのはつまり、俺たちに慢心みたいなものがあったということだと思う。
「──こんな野球がしたいのなら今すぐ部を辞めろ! 俺はそんなくだらない野球を教えているつもりはないッ!」
監督の怒声が響く。
ここまで感情を露わにしているのは久しぶり……いや、今までで一番かもしれない。
「俺が良いと言うまで全員でグラウンドを走っていろ!」
監督はベンチ入りメンバーだけではなく、二軍と三軍を含む部員全員にランニングを課した。
連帯責任ってことなんだろうが、まだまだ体力的に未熟な一年生には厳しい時間になりそうだ。
俺も今日はバットを振るだけにしておくか……。
「返事はッッ!」
『はい!』
そして、そのランニングは周囲が暗くなるまで続いたのだった。