ダイジョーブじゃない手術を受けた俺152

 市大三高との試合から数日後、青道の練習は激しさを増していた。
 さらにそれに伴ってレギュラー争いも激化しており、練習試合ではこれまで以上に気合いの入った部員の姿がそこら中で確認できる。
 かく言う俺もその中の一人であった。

「──ふぅ」

 短く息を吐いて集中する。
 持っているバットを身体の一部のように感じるまで神経を研ぎ澄ませていく。
 タイミングを取るための左足の動作を最小限にし、どんな球が来てもスイングが間に合うよう、無駄な動きをそぎ落とすことを意識した。
 試行錯誤した結果、これが一番打てると分かっているからだ。

 そして、ボールをしっかりと懐に引き込んでから全身のバネを使いながら思い切りフルスイングした。

 打球は綺麗なアーチを描いて柵を越えていく。
 ここ数日で一番良い打球だ。
 ああいう打球が常に打てるようになれば、俺も青道のクリーンナップとして胸を張っていられるんだけどね。
 今のところ5球に一回くらいしか出来ていない。
 練習でその程度なんだから、試合ではほとんど出来ないと思った方が良いだろう。
 まだまだ強打者への道のりは遠そうだ。

「どうしたノリ。もうへばったのか?」

 ふと、マウンドで大量の汗をかいているノリが目に入った。
 今はバッティング練習の真っ最中で、マウンドにはバッティングピッチャーとしてノリが上がってくれている。
 俺以外にも投げていたから既に結構な球数になっている筈だ。
 そろそろスタミナの底が見えてきた辺りだろう。

「……まだ大丈夫!」

 気合いは十分ある。
 ただ、正直に言うとノリは少しだけスランプ気味になってしまっている。
 市大三高との試合で投げたシンカーがすっぽ抜けて失点して以降、シンカーだけが全くストライクゾーンに入らなくなってしまったんだ。

 他の球はちゃんとコントロール出来ているのでそこまで問題ではないけど、強力な武器の一つを封印しなきゃいけないのは相当なハンデとなる。
 だから同じ投手として1日でも早くスランプから抜け出せることを祈っているぞ、ノリ。

「おう。頼んだぜ!」

 とはいえ、ここで手を抜くわけにはいかない。
 俺も強くなる為に必死だからな。
 遠慮なくやらせてもらう。

 そうしてノリが投げる球を丁寧に弾き返していくと、あっという間に俺の番が終了して打席から出されてしまった。
 まだ全然打ち足りなかったのに集中していると時間が経つのが早い。
 俺がいま一番力を入れている練習はバッティングなんだが、本格的な練習をしようと思うとピッチングとは違って場所も人も多く必要で、そう簡単に出来ることじゃないのがネックである。

 後はネット打ちくらいしか出来ないんだが……でもネット打ちだとあんまり意味が無い気がするんだよな。
 ミート力を上げようとするなら生きた球を打たないと駄目だ。
 山なりのボールをいくら打ってもバッティングが上手くなる訳じゃないし。
 ネット打ちが無意味とは言わないけど、横から飛んでくるボールをいくら打っても天久の球が打てるようになるとは到底思えなかった。

 仕方ないから素振りでもしようかと思っていると、同じく自分の番が終わった御幸が近付いて来ていた。

「今日はピッチング練習どうする?」

 投手としての練習も欠かしてはいない。
 今は左でも投げているから、オフの日以外はほぼ毎日ピッチング練習を行なっていた。

「勿論やるよ。でもお前、降谷の相手をしてやらなくていいのか?」

「そりゃ当然エース様が優先だろ。それに降谷はいま守備練習で忙しいから」

 一軍に上がった降谷だが、主に守備動作であるフィールディングで苦労している。
 動きを頭で理解していないと簡単な打球を処理するのも実は難しかったりするから、中学ではほとんど試合の経験が無いという降谷は慣れるまでしばらく時間が必要だ。
 それでも少しずつ上達はしているから飲み込みは早い方だと思うけどね。

「んじゃ今から行こう」

 そうして俺たちブルペンへ向かうと、真っ先に視界に映ったのはいつも通り人一倍元気な沢村の姿だった。

「フハハハハ! 俺はまだまだ投げられますよ、宮内センパイ!」

「フォームが少し崩れてるぞ。それとさっきからど真ん中ばかりだ。もうちょっと構えた場所に投げ込め」

「うっ!?」

 沢村の相手をしているのは宮内先輩だ。
 ひたすらに勢いのある沢村に力と経験で上手くリードしていて、この二人は意外にも結構いいコンビかもしれない。
 ちなみに降谷がフィールディングで苦労しているように、同じく沢村もかなりしごかれている。
 毎日誰かの怒鳴り声が一軍のグラウンドまで聞こえて来るよ。

「ここもかなり賑やかになってきたなぁ。二つ上の先輩たちが抜けてすっかり静かになってたから、ああいうのが居ると活気が出ていいね」

「うるさいけどな」

 ブルペンだけは一軍と二軍が一緒になっていて、二軍に昇格した沢村は最近になってようやくこの場所での練習が許可されていた。
 しかも時折クリス先輩の指導を受けているようで、日頃のトレーニングメニューも先輩が考えてあげたものらしい。
 自分のことも忙しいのに相変わらず後輩思いな良い先輩である。

 そういえば今度の練習試合で沢村と降谷も登板する予定で、それに向けて各自で調整中って感じだ。
 もっとも、二人とも変化球は持っていないようだから調整って言ってもほとんどすることは無いみたいだけど。

 

   

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