ダイジョーブじゃない手術を受けた俺154

 ブルペンに居た人たちに軽く吉川さんを紹介した日の夜。
 俺が風呂から上がって部屋に戻る途中、食堂に何人か集まっているのが見えた。
 確か今日は都大会の決勝戦があった筈なので、あそこに居る人たちは市大三高と稲実の試合の映像を見る為に集まっているのだろう。

 詳しい内容は知らないが、ちょっと聞いた話では勝ったのは三校の方だったらしい。
 両校はそれぞれ成宮と天久を温存する形で試合に臨んでおり、その結果エースである真中さんが登板した市大三高に軍配が上がったのだとか。
 成宮が出てきていれば結果はまた違うものになっていたかもしれないが、それで言うと三校も天久を出していないからあまり参考にはならないな。

 個人的に天久と成宮が投げ合っていないのであれば、試合の詳しい内容にはそこまで興味はそそられない。
 あとで御幸に要所だけ教えて貰えばいいか。

 決勝まで進んだこの2校は勝敗に関わらず関東大会に出場できるのに対し、俺たちは準々決勝で負けてしまったので関東大会には出られない。
 この悔しさは夏の大会でまとめて返すつもりだ。
 今日はもう部屋でストレッチしてさっさと寝てしまおう。

「南雲先輩!」

 と、そう思っていたら俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
 振り返るとそこには一年生コンビ、沢村と降谷の二人が立っている。

 最近、よくこの二人でいるところを見かけるな。
 一緒に行動しているというよりは沢村が一方的に突っかかっている感じで、いまいち仲が良いのかはわからないんだけど相性は悪くないと思う。
 二人とも同じピッチャーだから通じ合う部分がどこかしらにあるんだろう。

「どした。二人揃って俺に何か用か?」

「もしよければ、これから俺らのピッチングを見てもらえませんでしょーか!」

「ピッチング?」

 誰かにピッチングを見てもらいたいってのは俺にもよく分かる。
 自分のイメージと実際の動きには微妙に乖離がある場合もあるので、アドバイスを求めたくなる気持ちは十分に理解できるのだ。
 二人の真剣な目を見たら協力してやりたいとも思う。

 しかし、丹波さんやノリもそうだけど俺にはあまりアドバイザーとしての才能は無いんだから、期待されても困るんだよな。
 そういうのは片岡監督や落合コーチに聞いた方が確実だろうに。
 部員だったらクリス先輩とかね。

「別に良いけど、俺が言えることなんてほとんど無いと思うぞ?」

「クリス先輩に言われたんです。南雲先輩にも一度見てもらうと良いって」

「マジか」

 クリス先輩がそんなことを……。
 ま、練習を見るくらいなら大した手間でもないから別にいいか。
 ちょっとしたアドバイスくらいなら出来ると思うし。

「ほら降谷、お前もちゃんとお願いしろよ」

「お願いします」

 ペコリと頭を下げる降谷。
 そういやあんまり降谷とは話したこと無かったな。
 御幸によく球を受けてくれと頼みに来るから何度か顔を合わせたことはあるけど、ちゃんと話したことはまだ無かった筈だ。
 うん、これもまた良い機会か。

「ああ、いいよ。それで誰かキャッチャーの当てでもあんの?」

「宮内先輩にお願いしてあります」

 おっ、ちゃんと相手役を頼んであるなんて中々準備が良いな。
 それじゃあ早速行こう。
 三人揃ってそそくさと屋内練習場に移動すると、既にプロテクターを用意して待ってくれている宮内先輩が居た。

「来たな。こっちはもう準備出来ている」

 ふんす、と相変わらず荒い鼻息の先輩。
 最近は筋トレに更に力を入れているようで、プロテクター越しにもはっきりと分かるくらいに筋肉が盛り上がっている。
 俺とは違う筋肉の付き方だ。
 今の肉体をバッティングにも活かすことが出来れば、かなりのパワーヒッターとして活躍できそうではある。

「じゃあ俺から……」

「僕からお願いします」

「なっ!」

 一歩、降谷の方が早かった。
 既にグローブを着けてマウンドに上がっていて意外と抜け目のない奴だと感心する。

 出し抜かれて荒ぶる沢村を落ち着かせながら、降谷のピッチングを一挙手一投足観察していく。
 降谷は速球派の投手なので俺と似たスタイルだ。
 まだ変化球は持っていないようだが、これから習得していけば剛速球を主軸にして打者をねじ伏せるような上手い立ち回りも出来るようになるだろう。
 そうなれば俺の良きライバルになってくれるかもしれない。

 そして、ゆらゆらと自然に脱力したフォームから凄まじい威力の球が解き放たれた。

 鈍い音が響き渡る。
 球速は大体140キロ後半ってとこで球威のある良い直球だ。
 正直、ここまでのボールが投げられるんなら、あんまり迂闊にアドバイス出来ないから困るんだよな……。
 下手なことを言って調子を崩したりするかもしれないし。
 その後も何球か見たが、俺にはここはこうした方が良いみたいな点は残念ながら見つけられなかった。

 うーん、そうだなぁ。
 こいつに関しては技術的なことはひとまず置いておこう。

「降谷、ちょっと手を出してみろ」

 俺に言われて降谷は不思議そうに手を出してきた。
 その指先を見てみると、やはり爪の手入れが甘く、これだと遅かれ早かれ割れてしまうだろう。
 指先は投手にとって一番繊細な部分だ。
 特に降谷みたいな速球派の場合は掛かる負荷が半端じゃないので、普段からしっかりとケアしておかないと簡単に割れる。
 俺はシニアの頃からケアを心掛けているから爪を怪我したことは無いけどね。

「お前の投げる球は指先にかなり負荷が掛かるから、その分しっかりケアしないとすぐに爪が割れてくるぞ。そうなったらしばらく投球練習も出来なくなるし」

「……それは嫌だ」

「だったら毎日爪の手入れはした方がいい。んで、練習とか試合前に保護用のマニキュアを塗ればまず問題は無いと思う」

「マニキュア、ですか?」

「ああ。スポーツショップとかに千円くらいで売ってるから、時間がある時にでも一緒に買いに行ってやるよ。それまでは俺のを使っても良い。沢村もな」

 その後、降谷には下半身を鍛えるトレーニングをいくつか教えてやった。
 まだまだ身体が出来上がっていないので、今よりも下半身に筋肉を付ければ球速も上がっていく筈だ。
 無闇に筋トレすれば良いってもんじゃないけど、その辺りはクリス先輩や宮内先輩と相談すれば何も問題は無いだろう。
 もっと具体的な質問とかがあれば答えるんだけど、ピッチングに関しては今はあまり口を出さない方が結果的に良くなる気がした。

 てか、あの細い身体でどうやってあんな豪速球を投げているのか、それをこっちが聞きたいくらいだ。

 

   

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