降谷に俺から言える事は一通り言い終わった。
結局、大したアドバイスはしてやれなかった気もするが、今から爪のケアを覚えれたのなら一応プラスにはなるだろう。
「わははは、見ててくださいね先輩！」
そして次は沢村の番だ。
まだ投げ足りない様子の降谷と交代する際に一悶着ありながらも、沢村はようやく投げられるとマウンドの上で張り切っていた。
「いいから早く投げろー」
「うっす！」
急かしてやるとピッチングを開始した。
そして、気合い十分のまま投げられた一球はパシッとミットに収まる。
しかし沢村の球速は１３０キロも出ておらず、正直に言うとさっきの降谷の豪速球と比べると数段見劣りするストレートだった。
おまけにまだまだフォーム自体がしっかりと定まっていないようで、一球ごとに微妙に違うフォームで投げ込んでいる。
おそらく握り方も全部違っているから、そのせいでボールの変化に規則性が無く相変わらずのクセ球だ。
降谷の球を完璧に捕球していた宮内先輩は、取りこぼすことこそ無かったが何度かミットの芯を外してしまっていた。
ただ、沢村の場合はこのムービングに近いクセ球が良い武器になっているので、これ自体を矯正するのは一番有り得ない。
以前チラッと見せて貰ったトレーニングメニューも、多分それを活かす為の身体作りを主とするものだったしね。
その時がいつ来るのかは分からないけど、いま無意識でやっている変化を自分の意思でコントロール出来るようになると一気に化けるだろう。
「どーですか先輩！」
おっと、先のことを考え過ぎてたか。
未来よりも今の沢村のことを考えてやらないとな。
「うーん、右腕で壁を作るように投げてみたらどうだ？ こうやってグローブを持った方の手で壁をイメージするんだ」
俺は左利き用のグローブを着け、サウスポーである沢村に分かりやすいように手本を見せてやることにした。
とりあえずクセ球自体はそのままにして、フォームを多少改善してやる方向でいいだろう。
前から思っていたがこいつのフォームはあまりにもバラバラで一貫性が無さすぎる。
いくらクセ球が武器と言ってもこれでは不安定すぎて試合じゃ使えないので、無駄な力を抜いて全身のエネルギーを効率よくボールに伝えるフォームに改善した方が良い。
そうすればある程度は安定した投球が出来るようになり、クセ球を今以上に活かせるようになると思う。
「俺は口で説明するのは苦手だから、見て覚えろ。重要なのは右腕の壁と体のタメだ。そして、下半身からのエネルギーを一気に振り抜く」
バシンッ！ と、軽く投げたにしてはそこそこ良い球がいった。
少しだけ沢村の投げ方に寄せてみたから、普通よりは分かりやすかった筈だ。
「おぉ……」
「今やってるトレーニングを続けて、尚且つさっき俺が言った事をちゃんと実践出来れば、お前のクセ球はかなり強力な球になると思うぞ」
今でもこいつの投げる球は打ちにくいのだから、ここから更に球速とコントロールが上がれば、俺とは違うタイプの投手として活躍するようになる……かもしれない。
ま、どうなるかは本人の努力と才能、それと運次第だ。
幸いなことに青道にはライバルも優秀なキャッチャーも沢山いる事だし、焦らず着実に練習していって欲しい。
「なるほど、なら練習あるのみっスね！」
「あ、待て待て。沢村の場合は球速やコントロールを上げようと意識するよりフォームを固める方が先だ。自主練する時は出来るだけシャドーピッチングだけにしておいた方が良い。これなら肩や肘に負担が掛からないから」
すぐにピッチングを再開しようとしていた沢村を制し、代わり負担の少ないシャドーピッチングを勧めたんだが、あからさまに納得がいかない表情を浮かべた。
「え、でもシャドーより実際にボールを使って投げた方が……」
「めちゃくちゃなフォームのまま練習を続けても逆効果だよ。数よりも質を意識して練習してみな。焦らず基礎からしっかり、な」
「うーん、先輩がそう言うならそうします」
今の沢村に言えるのはこれくらいか。
一度にいくつも注文してもきっと覚え切れないだろうし。
その後も二人に細かいアドバイスをしていると、眠気が襲ってきて欠伸が出てしまった。
時計を見ればもう俺の就寝時間となっていた。
どうりで眠いわけだ。
「今日はここまで。それはじゃあ俺はもう寝るから、お前らも早めに切り上げろよ。宮内先輩、お先に失礼します」
「うむ」
「南雲先輩、ありがとうございました！」
「ございました」
今日の自主練だけで大きく成長するわけじゃないけど、二人が初登板する予定の練習試合で少しでも何かの助けになれば良いな。
そんな事を思いながら俺は大きな欠伸をして部屋へと戻った。