今日は他校との練習試合が組まれている日だ。
一軍だけではなく二軍も試合があり、一軍で降谷が、二軍で沢村と小湊弟が初出場する事になっていた。
俺は今回の試合では登板無しな上に外野手としての出場予定もなく、大人しくベンチで応援していろと監督に言いつけられている。
それにしてもあの二人、大丈夫かな?
今日の対戦相手はそこまで強くないから大量失点で降板させられる、みたいな悲惨な展開には中々ならないとは思う。
特に降谷の球なんて早々打たれることは無いだろう。
あれだけ球威があれば、序盤は高めに浮いたとしても相手が勝手に手を出してくれるはずだ。
ただ、降谷も沢村も今日が高校野球での初登板なので何が起こるか分からないんだよね。
自分の実力をしっかりと発揮できれば良いけど、萎縮してしまえば苦いデビュー戦になることも十分に考えられる。
二人とも物怖じするような性格ではないとはいえ、試合では何が起きても不思議ではないから。
そんな事を考えながら試合が行われるグラウンドに移動した。
既に一通りのメンバーが揃っており、そろそろ試合前の最後のアップが始まりそうだった。
今日の試合には出ることが無いと事前に聞かされているので、気持ち的には複雑ではあるものの、応援に専念するとしよう。
そして、ベンチに入った俺はとりあえず降谷に声を掛けた。
「ちゃんと爪のケアしてきたか?」
俺がそう尋ねると両手をこちらに見せてきた。
以前はほとんど手入れされていない爪だったが、今はマニキュアで保護することまでちゃんと出来ている。
サボったり忘れたりせずに俺が言ったことを守ってくれているようで何よりだ。
これで試合中に割れる事もないだろう。
ひとまずは安心して応援できる。
「これで大丈夫ですか?」
「ああ、上出来だよ」
緊張した様子も無いし、これなら実力を十分に発揮できそうだ。
変化球を持っていないところが少しネックだけど、それを補えるほどの強力なストレートが降谷にはあるからな。
力押しでも何とかなりそうではある。
それに、御幸のリードがあれば大抵のバッターは抑えられると思うし。
「そろそろ肩を作ってきた方がいいぞ。御幸かクリス先輩に声を掛けて、バテない程度にボールを受けてもらいな」
どこまで投げさせてもらえるかは分からないけど、調子が良いうちはマウンドに残してもらえるだろう。
試合での経験は練習では中々に得難いものだ。
しっかり味わって来て欲しい。
「試合前に御幸先輩とサインの打ち合わせとかやった方が良いんですか?」
「……変化球も持っていないのに何を打ち合わせするんだ?」
「あ、確かに」
降谷って意外と天然だったりするんだろうか。
◆◆◆
試合が始まった。
第2グラウンドでも二軍の試合がそろそろ始まっている頃だろう。
沢村は先発ではないらしいので、こっちの試合が早く終わればひょっとしたら直接応援に行けるかもしれない。
ま、それはあまり考えないようにしよう。
「去年のお前といい、今年の降谷といい……毎年飛び抜けた投手が入ってくるから俺たち三年は大変だよ。降谷なんて一体どこで見つけて来たのか、高島先生のスカウト能力は相変わらず高い」
そう言ったのはクリス先輩だった。
先輩の視線の先には丹波さんが居て、真剣な表情でマウンドの降谷を見つめている。
「丹波さんだって、練習通りの実力を公式戦で発揮出来ればそう簡単には打たれないと思いますけど」
「普通はそれが難しいんだ。初登板であんなに堂々とマウンドに立てる奴はそういないぞ」
確かにマウンドに上がった降谷は結構様になっていて、堂々としている姿があまり一年には見えなかった。
紅白戦の時と同じだな。
試合でもあの時みたいな球が投げられれば即戦力として夏の大会で背番号を貰ってもおかしくない。
そして、投げる球は見た目以上にもっと可愛げが無かった。
もしかすると相手チームはオーダー表を見て一年生投手だと甘く見ていたかもしれないが、たった一球でそんな考えを吹き飛ばしてしまうほどの直球。
多少バッターの体近くに行ってしまいその球威に驚いて尻餅をついている。
ギリギリでストライクゾーンの中なので判定はストライクなのだが、打者目線だと自分に向かってくるように感じたのかもしれない。
次の球には何とかバットを当てたものの、完全球威に押されてセカンドを守る亮さんが捕球して打ち取った。
あ、ちなみに今まではずっと小湊先輩って呼んでいたんだけど、一年に弟くんが入って来たから最近になって俺も亮さんと呼ぶことにした。
小湊先輩よりも言いやすいのでもっと早くそう呼んでおけば良かったと思っている。
その後の二人に対してはまさに捩じ伏せるという言葉がぴったりと当て嵌るピッチングだった。
少し高めに浮いてしまうボールが多いのが気になるが、あれなら序盤はこのまま思い通りにアウトを取れそうだ。
「降谷ならこのチームでお前のライバルになれるかもしれないな」
ポツリと呟いたクリス先輩の言葉に、俺は静かに口元を歪ませた。
「──そうなったら今よりもっと楽しくなりますね」