呻き声を上げながら襲い掛かってくる数体のゾンビの群れ。
数分前の俺であれば間違いなく防ぎきれなかっただろうが、今の回復した状態であればさほど苦も無く排除することが出来る。
「――よっ、と。うーん、暴れすぎたか? ゾンビ共が音に釣られて大量に向かってきているみたいだ。あれだけの量となると、相手をするには流石に少しキツい」
T-ウィルスの感染者であるゾンビ数体を倒し切った俺は、その後ろから迫って来ている新たな集団を見てそう呟いた。
どうやら力が戻ってはしゃぎ過ぎたらしい。
あれだけ派手に吹き飛ばして音を立てていれば、ゾンビが集まってくるのは少し考えればわかること。
いくら雑魚相手と言っても、こうも連戦続きだと体力が保たないし、下手をすれば足元を掬われかねない。
……知らぬ間に自身の全能感に酔っていたみたいだ。
反省しないとな。
アンブレラを完全に潰すまで、俺は絶対に死ぬ訳にはいかないのだから。
「とりあえずここは一旦撤退しよう。全部相手にしていたらキリが無い。それよりも、今は生存者や研究資料の方が重要だ」
俺はゾンビたちがいる方向から背を向けて撤退を始めた。
奴らは基本的にノロマなので、普通に移動していればまず追いつかれる事は無い。
感染者の中にはウィルスの変異が進み、走りながら襲い掛かってくる奴もいるが、そういうタイプは恐らくまだ出現していないと思われる。
だから安心して退避することが出来るのだが、それも時間が経てばどうなるかわからないので、出来るだけ早くこの洋館から脱出したいところだ。
そうして俺はゾンビ共から撤退し、角をいくつか曲がった所で身を隠す為に一度どこかの部屋に入る事にした。
「ここでいいか。さっきまで連戦だったし、数分くらい休憩するのも良いだろう」
適当に手近な部屋の扉を開けて中に入る。
たまたま入ったその部屋は医務室みたいな場所で、室内にはベッドが一つと棚には多くの薬品などが並べられていた。
パッと見ただけでも結構な種類があって、よほどの重症ではなければここで治療できそうなくらいの物資が揃っている。
ただ、ここにある物はどれも俺には必要ない物ばかりだ。
怪我をしても数秒ほどで勝手に自然治癒していくから、わざわざ薬を使って治療しなくても全く問題にならない。
たとえ腕を切り落とされても、一日経てば元通りになる俺に薬なんて意味がないだろう。
まぁ、ビタミン剤くらいはあっても困らないがな。
一応この身体にも栄養は必要になるし。
そうして俺は薬の棚に気を取られ、室内という密室空間という事もあって注意力が散漫になってしまっていた。
「そこで止まりなさい! 両手を上げて、ゆっくりこちらを向いて! 私の言葉がわかる!?」
背後から聞こえてきたそんな声。
声の高さからして女だろう。
……迂闊だった。
油断しているつもりは無かったが、まさかここに誰かが隠れているなどとは思いも寄らなかったのだ。
とはいえ、いきなり攻撃されなかったという事は、少なくとも相手は多少なりとも話し合いをするつもりがあると思われる。
ここは大人しく言われた通りに両手を上に上げ、抵抗の意思が無いことをアピールしておこう。
「落ち着いてくれ。俺は争うつもりはない」
「……どうやら外にいるバケモノとは違って人間みたいね。見た目は完全に同類だけど」
見た目?
あぁ、そういえば俺の姿は伸びきった長い髪に布切れみたいな貫頭衣を着ていて、完全に浮浪児のような格好をしているな。
こういう場所が場所だけに、俺の事も感染者たちの同類だと思っても仕方ないかもしれない。
ゾンビと同類なんて不愉快でしかないが。
「今までずっと拘束されていたんだ。好きでこんな格好をしている訳じゃない。まぁそんな事より、そっちを向くが攻撃してくるんじゃないぞ?」
「少しでもおかしな真似をすれば撃つから。これは脅しじゃないわ」
俺は銃を撃たれても死なないが、もちろん当たれば死ぬほど痛い。
ここで逆らうと問答無用で撃たれるだろうし、逆らう意味もないのでゆっくり声の方に振り返った。
「軍人?」
声の主は軍人みたいな格好をしていて、俺に両手で構えた拳銃の銃口をまっすぐ向けていた。
こんな格好で銃を携帯している事を考えると、彼女はアンブレラの傭兵部隊の可能性が非常に高い。
ただ、出来るだけ無関係な人間を襲いたくはないので、未だ判断材料が無い現状では鋭くなりそうな視線をグッと堪える。
今はそれほど血に飢えている訳ではないし、意識すれば余裕を持って吸血衝動を抑えられた。
「私の名前はレベッカ・チェンバース。ラクーンシティ警察署の特殊部隊『S.T.A.R.S』に所属している隊員よ。さっき拘束されていたと言っていたけど、あなたは一体何者なの?」
ふむ……アンブレラとは関係ない、か。
なら彼女から血を吸うつもりはない。
間違いなく敵ではないようだし、何より警察ならアンブレラを潰す為に利用できそうだからな。
それに俺は、誰彼構わず血を吸うなんて真似は出来ればしたくないと思っている。
「俺はここの連中に捕まっていた被害者だ。あんたが警察官なら保護してくれよ、おまわりさん」
俺がそう言うと、ようやく軍人の女は銃を下に降ろして警戒を少し解いてくれた。
「……嘘を言っている訳ではなさそうね。いいわ、ひとまずは信用してあげる。でもその代わり、私に色々協力してもらうわよ」
「協力?」
「少なくとも君は私よりはここの事に詳しいだろうし、知っていることは全て話してもらうわ」
「なるほど。もちろん構わない。と言っても、あまり知っていることは多くないがな」
アンブレラに関する事だけを話して、俺のこと適当にボカしておけば良い。
当然真実だけを話してやるさ。
「それで? 私はまだあなたの名前すら聞いていないんだけど?」
「おっと、これは失礼した。俺はレイ・トレヴァーだ。よろしくな、レベッカ」
久しぶりに自分の口から出たその名前は、不思議と違和感をまったく感じることがなかった。