とあるウィルスの適合者5

 レベッカ・チェンバースという女警官と遭遇した俺は、彼女と一時的な協力関係を結び、共に行動することになった。
 こういう状況だから仲間は多い方が良い。
 足手まといにしかならない民間人であれば見捨てていたかもしれないが、レベッカはある程度訓練された警察官だ。
 きっと何かの役には立つだろう。

 それに最後の手段だが、女であるレベッカと一緒に行動すればいざという時に血袋として活用できる。
 新鮮な血は俺にとって最高の回復薬だ。
 保険は確保しておくに越した事はないので、そういう意味でも一緒に行動した方がメリットが大きいと判断した。

「とりあえず、俺には真っ先にやらないといけないことが出来た」

「な、何かしら?」

 俺が急に真面目な態度で向き直ると、レベッカも緊張した様子でゴクリと唾を飲み込み、真剣な表情を浮かべた。
 この異常事態について重要な話し合いをすると思っているのだろう。
 しかし、それもすぐに崩れることになる。

「少しシャワーを浴びてくるから、レベッカは少し待っていてくれ」

「……は?」

 身構えていただけに俺の発言が予想の斜め上をいったらしく、ポカンと口を開けて呆けたように固まってしまった。

「いや、今の俺って汚いだろ? こんな姿で人前に出るのは如何なものかと思ってな。ちょうどこの部屋にはシャワー室もあるみたいだし、ササっと体を洗って来るから見張っててくれよ」

「こんな状況でシャワーって……まぁいいわ。早く浴びて来なさい。話はその後よ」

 少し呆れた様子だったが、流石にこの不潔な状態のままにするのはどうかと思ったらしく、俺の体を一瞥すると渋々許可を出した。

 了承を得られたところで、俺はさっそくシャワールームへ入って体を洗い始める。
 しかし、ガスが止まっているのかどの蛇口を捻っても冷たい水しか出てこなかった。
 ただ、そんな冷たい水でも久しぶりに体を洗う感覚はかなり気持ち良く、すっかり汚れも落とせたので満足だ。
 やはり生物には清潔感が大事だと実感するな。

「おっ、タオルや代えの服もあるのか。どうせ使う奴もいないだろうから貰っておこう」

 シャワーがあるだけじゃなく、ここが医務室だからか新品のタオルや患者服が備え付けられていたので、迷うことなくそれを身につける。
 たとえ患者服だとしてもボロ布を着ているよりははるかにマシだろう。

「後はこの髪か……」

 備え付けられている鏡を見ても、そこに映る自分の姿がもはやホラーである。
 激しく動くと視界が髪に遮られて邪魔だったというのもあるので、こうしてシャワーを浴びてさっぱりしたことだし、この長い髪も早めに何とかしたい。
 シャワールームから出た俺は、真っ先にレベッカに相談してみた。

「なぁレベッカ、何か髪を縛るゴムみたいなのを持っていないか? いい加減この長い髪が鬱陶しくなってきたんだが」

「え、ゴム? うーん、ゴムは無いけどリボンならあるわよ」

「……何故リボン。まぁいい、それをくれ」

「あ、じゃあやってあげるわ。可愛く結んであげるから後ろ向いて」

「かっこよく頼むぞ」

「はいはい」

 投げやりな返事のようにも聞こえたが、やはり女だから手慣れているようで、テキパキと俺の髪を括り上げてくれた。
 白い髪の毛で覆われていた視界が一気に開けてクリアになる。
 うん、こうするだけでもずいぶん気持ちが軽くなった気がするな。

「ありがとさん。これで俺も……って、どうかしたか?」

 レベッカに向き直って礼を言ったが、なぜか俺の顔を見ながらポカンと口を開けていた。
 人の顔を見ながらボケっとするなんて失礼なやつだ。

「えと、レイ……よね?」

「他に誰がいる」

「……ふーん、あなたってそんな顔をしてんだ。これからは顔を出していた方が良いよ、うん」

「?」

 よくわからんが、まぁいい。
 サラッと事情を話して早く施設の探索に戻ろう。
 そうしてレベッカに何かこの場所について聞きたいことはないかと尋ねると、待ってましたと言わんばかりに言葉が飛び出してくる。

「ここは一体なんなの? バケモノがそこら中にいるし、さっきなんて巨大な蛇に襲われたわよ? 仲間たちとも連絡が取れなくなったし、もう最悪……」

「ちょっと落ち着け。まず、この洋館はアンブレラの研究所だ。だが何かトラブルが発生したみたいで、こういう自体に陥っているらしい。俺も詳しいことはあまり知らん」

「アンブレラ? アンブレラって、あの製薬会社の?」

「その通り。製薬会社ってのは表向きの顔で、裏では生物兵器の研究をしているイカレた組織だよ。レベッカが遭遇したって言う巨大な蛇も、その研究成果だと思う」

「嘘でしょ、そんな……。って、このままじゃバケモノ達が街に向かうかもしれないじゃない!」

 ゾンビは生者を追い求める習性がある。
 今はこの洋館に留まっているが、レベッカが言うようにいずれは捕食する為に街まで辿り着いてしまうだろう。
 だが、そうなる可能性は限りなくゼロに近い。

「恐らくだが、その心配は必要ない。外にウィルスが漏れ出す前にこの施設は爆破される筈だからな。アンブレラは証拠諸共、感染者共を一掃するだろう」

「なっ!?」

 アンブレラの連中は保身の為なら何だってする。
 施設の一つや二つくらい爆破したって、アンブレラの規模を考えれば痛くも痒くも無いだろうさ。
 それにこんな場所にある施設が消えたところで、そんな事実は隠蔽されて証拠は残らないだろうから確実に実行に移すと思う。

「それとあのゾンビ共についてわかりやすく言えば、連中に噛まれたら感染してゾンビになる。稀に抗体を持つ者がいるみたいだが、それでも短時間で何度も噛まれると感染する……らしい」

「らしいって、そこははっきりして欲しいんだけど?」

「そんなことを言ってもな。俺は別にアンブレラの研究者でもなんでもないし、知らないものは知らないさ。俺には精々気を付けろと言うくらいしか出来ないさ」

 ちなみに俺は噛まれても大丈夫だ。
 T-ウィルスが体内に入り込んでもB-ウィルスの方が強力なので、あっという間に体内で対峙してしまう。
 怪我自体もすぐに治るから問題なし。
 再生が追いつかないくらいにボコボコにされない限りは死ぬことはない。

「そういえばレベッカはこの洋館に何をしに来たんだ?」

 ふと疑問に思ったことを口にする。
 この洋館があるのは都市部から離れた距離にある、深い森の中だ。
 警察が偶然やってくるにしては不自然だろう。

「ここにはとある事件の調査に来たのよ。ほら、聞いた事くらいあるでしょ。この近辺で多発している連続猟奇殺人事件」

「あいにく、ずっとここで捕まっていたから知らんな」

「あ、そうだったわね。……ごめんなさい」

 とりあえずレベッカには『気にするな』と言っておいた。
 俺自身、無関係の彼女に八つ当たりするほど馬鹿ではないので、本当に気にしないで欲しい。
 とはいえ少し気まずい空気が流れてしまったので、それを変えるためにもそろそろ行動を始めるか。

「おしゃべりは終わりにして、そろそろ研究資料を探しに行かないか? ここに居ても何も始まらない。それどころか、数分後に自爆するなんて事になりかねないぞ」

 俺の言う未来を想像したのか、レベッカは顔を青くして立ち上がった。

「了解。なら早く行きましょう」

 

   

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