とあるウィルスの適合者6

 医務室を後にした俺たちは、おぼろげな記憶を頼りに洋館の中を探索していた。
 にしても不気味な建物だよな。
 元々はこんな雰囲気じゃなかったのだろうが、今ではそこら中に血痕が残って死臭漂う恐怖の館に成り下がっている。
 価値が高そうな家具もこれじゃ台無しだ。
 特にあそこ飾ってある一家の集合写真なんてまさに――。

「……チッ」

「ん? レイ、どうかしたの?」

 写真が入った額縁の前で突然立ち止まった俺に、レベッカがどうしたのかと声を掛けてきた。
 いかんな。
 あの写真を見て思わず苛立ってしまった。
 余計なことまで探られても面白くないし、レベッカの前では平静を装わないと。

「いや、なんでもないさ。ただあの写真が不気味だなと思ってさ」

「そうかしら? 私にはただの幸せそうな三人の家族に見えるけど……この人たちが今も仲良く暮らしていると良いわね」

「……そうだな」

 幸せそうな家族、か。
 そう言われると少しだけ心が軽くなる気がする。
 ただ、少なくとも彼らの最期は幸福なものでは無かったし、その内の一人は未だに地獄の苦しみを味わっているのだから、何としても俺がその苦しみから解放してやらねばならん。

 思えばこの家族にとって、この写真を撮った時が一番幸せだったのかもしれない。
 それを奪ったアンブレラは死ねばいい。

「あら? ここに写っている女の子、どこかレイに似てない?」

「他人の空似だろう。……それよりも先を急ごう。さっきも言ったが、今はいつ爆破されてもおかしくはないんだから」

「うっ、あんまり脅さないでよ……」

 強引に会話を終わらせ、レベッカを急かしつつ俺は止まっていた足を再び動かし始めた。

 これから向かう研究棟には、恐らくここよりも多くのゾンビがいると思われる。
 あまり体力を消耗しすぎるとピンチに陥ってしまうかもしれない。
 気を引き締めないと足元を掬われる……なんて考えていればさっそく前方にゾンビが歩いているのを発見した。
 見つけるなりレベッカが拳銃を構えてぶっ放そうとしていたので、慌ててそれを止める。

「出来るだけ銃は使うな。弾がそこら辺に転がっている訳じゃあるまいし、毎回撃っていればすぐに無くなるぞ。何より、その音でゾンビ共が大勢押し寄せてくる」

「で、でも銃がなきゃ倒せないわよ?」

「そんな事はない。コツさえ掴めば、あんな奴ら誰でも簡単に倒せる」

 馬鹿正直に見つけた相手を追いかけるしか能がない木偶人形みたいな連中だ。
 確かに手足を切り落としてもしぶとく動き回る生命力はあるが、それも頭の脳幹部分を破壊すれば簡単に終わる。
 落ち着いて対処すれば、それこそ人間よりも簡単に倒せるだろう。
 ここはひとつ、俺が手本を見せてやるとするか。

「そのナイフをちょっとだけ貸してくれ」

「いいけど……」

 半信半疑の眼差しを向けてくるレベッカから軍用のサバイバルナイフを受け取り、それを右手で握りしめる。
 本当は武器なんて必要ないが、これはお手本だからな。
 普通の人間でもできるやり方を見せておいた方が良いだろう。

「――ヴゥゥ」

 俺たちの存在に気付きノロノロと近づいてくるゾンビへこちらから接近し、その下顎の部分から脳天を目掛けてナイフを突き刺した。
 ズブリ、と嫌な感触の後に肉厚のサバイバルナイフは容易に刃が脳にまで到達する。
 たったこれだけでゾンビは活動を停止した。
 コツとしては引き抜くときに返り血を浴びないようにすることだ。
 もっとも、腐り果てた血を浴びても気にしないのなら構わないがな。

 そうして一仕事終えた俺はレベッカの方に振り返った。

「な、簡単だろ?」

「そんなの出来るわけないでしょうが!」

 む、腕力で頭を握り潰せと言っている訳でもないし、これでも女の力で出来る倒し方をやって見せたんだが……。
 むしろ何故これができないんだ?
 骨を断ち切っていないから、そこまで腕力も必要ないんだがな。
 これが無理だと言うなら俺が相手をした方が良いかもしれん。
 元々レベッカと出会う前は単独行動するつもりだったし、別に構わないだろう。

「まぁいい。それじゃあゾンビは基本、俺に任せろ。それなら弾の節約になる。その代わり後ろの警戒は任せたぞ」

「……ありがとう」

「別にいいさ。レベッカが死ねば俺も困るし、ちゃんと守ってやるよ」

「え? そ、それってつまり――」

 その瞬間、パァン!と乾いた銃声が聞こえてきた。

 銃を使っているという事はゾンビではなく人間がいるという事だ。
 レベッカの仲間か、もしくはアンブレラの生き残り。
 もしも後者ならば機を見てサクッと殺してしまおう。
 流石にレベッカの前でやるのはまずいので、殺す方法はかなり限られてしまうが仕方ない。

 とにかく、まずは音の発生源に向かう必要があるな。

「銃声が聞こえてきた方に向かう。いいか?」

「もちろん! 逸れちゃった私の仲間かもしれないしね」

 俺が内心で黒いことを考えているとは思っていないレベッカは、笑みを浮かべて大きく頷いた。

 

   

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