「一体なんなのよ、あの化け物は!」
パンパン!と連続で銃弾を浴びせているというのに、目の前にいる異形の怪物はまるで効いた様子もなくゆっくりと近付いて来ていた。
辛うじて人型を保っているが、とてもじゃないが人間とは言えない姿をした化け物。
これならばまだゾンビ共の方が遥かにマシだと、ラクーンシティ警察署の特殊部隊『S.T.A.R.S』に所属しているジル・バレンタインは、ギリっと奥歯を噛み締めた。
「※※※※※ッッッッ!!」
「くっ、ホントにどれだけ硬い肉体をしてるの!? このままじゃあっという間に残りの弾がなくなっちゃうわ……!」
この世のものとは思えない叫び声を聞きながら、ジルの額に一筋の汗が流れた。
湯水のごとく使っている銃弾にも限りはある。
仲間たちとの連絡が取れなくなってしまった今、この戦場い於いて生命線とも言える銃弾を撃ち尽くしてしまえば、それは自身の生存率を大幅に下げる結果となってしまう。
しかし、だからと言ってこの場から逃げようにも、化け物は決して自分を逃がしはしないだろう。
既に幾度となく逃走を図っているのだが、それでも追い付かれてしまうのだ。
このままではジリ貧だと頭では理解しながらも、今を生き残る為に銃弾を撃ち続けなければならなかった。
どうすればいい?
どうすればこの絶望的な状況から抜け出せる?
焦りと恐怖で上手く働かない頭を無理やり動かし、化け物の攻撃を凌ぎながら必死に考えを巡らせていた。
だが中々良い案は浮かんでこず、死への恐怖が一秒毎に上がっているような感覚に陥ってしまっている。
そんな時だった。
この状況を打破できる可能性がある、一筋の光が現れたのは。
「――伏せろっ!」
頭で理解するよりも早く身体が動き、聞こえてきた声の通りにその場に伏せる。
すると、ついさっきまで自分の頭があった位置を等身大サイズの人間の銅像が通過して行く。
質量と物理エネルギーが合わさったその物体は、見事に化け物に命中し、そのまま壁側まで吹き飛んでいったのだった。
◆◆◆
聞こえてくる銃声を追って大広間みたいな部屋に到着すると、そこには人間の女と異形の怪物がいた。
……これはずいぶんと懐かしい相手だな。
最後に見た時よりもウィルスの進行が進んでいるらしく、人だった頃の面影はまったく感じられない。
とりあえず、女の方は格好からしてレベッカの仲間と思われるので、仕方ないので助けてやる事にした。
近くにあった銅像を持ち上げて、それを怪物に向けて力一杯にぶん投げる。
「え?」
すぐ隣にいたレベッカから驚いたような声がこぼれたが、今は説明している余裕がないので無視した。
そして、俺の手から放たれた銅像は派手な衝突音を響かせながら、怪物を壁際まで吹き飛ばす事に成功する。
「※※※※……!」
しかし奴はすぐムクリと起き上がり、ゆっくりとした動きで今度は俺の方に歩み寄って来ようとしているようだ。
凄まじい耐久力である。
これだけなら俺以上に厄介と言えるかもしれない。
「レベッカ、その人を連れて早く逃げろ。さっき教えた合流ポイントで落ち合おう」
「逃げるって、レイはどうするの!?」
「俺はコイツを適当に相手をしてから追いかける。このまま逃げても、あれは何処まででも追いかけて来そうだからな」
「だったら私も――」
「いいから早く行け!」
「っ!」
これ以上ここでレベッカと問答するつもりはない。
コイツ……いや、この人の相手をするのは俺の役目だから。
アンブレラを潰す事と同じかそれ以上に大事なことでもある。
「君、戦闘に自信があるみたいだけど、銃も持っていないし丸腰で戦う気?」
先ほど助けた軍人っぽい女がそう尋ねてきた。
「今のを見てなかったのか? 銃なんて無くても、俺には……コレがある」
俺は近くにあったもう一つの銅像を軽く持ち上げて見せ、そしてそれをもう一度怪物へとぶん投げる。
今度は回避されてしまったが、同じ化け物としての何かを察したのか、こちらを警戒しているかのように動きが止まった。
これで俺の心配が必要ないとわかっただろう。
同時に、普通の人間ではないと完全にバレてしまったが。
「さぁ、早く行け。ここに居ても邪魔だ」
「ここは彼に任せて行きましょう。私たちが逃げないと、彼は逃げたくても逃げられないわ」
「……わかりました。ちゃんと生きて合流するのよ?」
心配そうにしているレベッカに無言で腕を振ると、二人の足音がどんどん遠ざかっていった。
大丈夫だ。
まだ俺は死ぬつもりはない。
それに――。
「まさかこんなにも早く会えるとは思わなかった。なぁ? ――母さん」
「……カァ、ザン?」
俺が微笑みかけると、異形の怪物が高いような低いようなよくわからない声でそう呟いた。
こんな姿をしているが、元は血の繋がった、俺の母親である。
アンブレラの実験によりこんな醜い怪物に成り果ててしまい、面影なんて微塵もない。
でもわかる。
彼女は紛れもなく俺の母――リサ・トレヴァーである、と。
数年前までは俺と一緒にこの洋館で実験体として暮らしていて、当時はまだ辛うじて人の姿を保っていた。
だがウィルスが進行すると徐々に奇行が目立つようになり、遂には俺のことを認識できないまでにおかしくなってしまった日のことを、俺は鮮明に覚えている。
もはや母としての意識は残っていないだろう。
だからこそ、俺がここで終わらせなければならない。
「苦しかっただろ? 今、俺が楽にしてあげるから」
「……ラグ、に?」
「ああ、そうだ。一瞬で楽に――殺す!」
俺は床の木材が弾け飛ぶほどの踏み込みで加速し、そのままの勢いで怪物の心臓部分に腕を突き刺したのだった。