とあるウィルスの適合者9

「はぁ……流石に疲れたな。肉体的にも、精神的にも」

 俺は戦いが終わった後も未だに大広間から移動していなかった。

 ――自分の母を殺した。

 いくら化け物に成り果てていたとはいえ、それでもその事実だけは俺に重くのし掛かっている。
 何故なら最期のあれは間違いなく母だったからだ。
 自分がまだ子供だった時の優しいあの人であり、だからこそ色々な感情が重なって……とても疲れてしまった。
 精神的に参っていると言っても良い。

 とはいえ、このままここで休んでいても状況は良くなるどころか悪化するだけなので、ずっとここで座り込んでいる訳にもいかないだろう。
 いい加減行動を開始しなければ、いつまで経っても動けなくなってしまう。

「……そろそろ追いかけるとするか。血の補給もしたいところだし」

 さっきの戦闘で負ったダメージは既に回復しているが、超人的な身体能力を発揮したり傷を回復させるにはエネルギーが必要になる。
 俺にとってのエネルギーとは、当然人間の血だ。
 今までは少し前に女の研究者から得た血でまかなっていたが、感覚的にもうすぐそれが底を突きそうだった。

 もしも尽きれば、俺は拘束されていた時と同じような弱々しい姿へと逆戻りしてしまう。
 それだけは何としてでも避けなければならない。
 こうなった以上、レベッカに事情を話して血を貰うしかないな。
 別に死ぬまで血を吸わずに少しだけ吸血することもできるのだし、何とか説得しなければならん。

 もし断られれば……その時は無理やりにでも血を吸うか。
 やりたくはなかったが、今の状況を考えればそうも言っていられない。

「合流ポイントは、地下。アンブレラのメイン研究室だ。この大広間からなら、そう時間は掛からない筈」

 さっそくレベッカと逸れてしまったが、事前に決めておいた彼女との合流ポイントは地下にある研究室だ。
 訓練された兵士が二人もいるのだから、向こうはたぶん大丈夫だろう。
 それよりもさっきの戦闘でかなり消耗してしまったので、むしろ俺の方があっちよりもヤバいかもしれない。

 そうして考えをまとめた俺は立ち上がり、エネルギーが少なくなっている弊害で重い身体に億劫な気持ちになりながらも歩き出した。

 

 ◆◆◆

 

 レイと別行動を取ることになったレベッカと、レイに窮地を救われたジルは無事に地下の研究室へ到着していた。
 道中では当然ゾンビに襲われたが、幸いにもそれほど数は多くなく、協力し合うことで切り抜けることが出来たのだ。

 そして、レベッカは到着するなりキョロキョロと辺りを見渡したが、すぐに肩を落とす。
 ここが事前に取り決めてあった合流ポイントである。
 だが当然レイの姿はない。
 未だに戦っているのか、それとも既にこちらへ向かっているのかはわからないが、今の彼女にはレイの無事を祈るくらいしか出来ることはなかった。

(無事よね? 一人でカッコつけて死ぬなんて、そんなの絶対に許さないんだから……!)

 無意識のうちに手をギュッと握りしめる。
 今すぐ助けに戻りたい気持ちと、自分が行っても足手まといにしかならないと思う気持ちがせめぎ合っていた。
 事実、もし仮にレベッカが助けに戻ったとしても、レイからすれば邪魔でしかない。
 なので彼女の選択は決して間違っていないのだが、それでも自分と同じ歳くらいの少年を死地に立たせているというのは、そう簡単に割り切れるものではなかった。

 すると、苦しげな表情を浮かべていたレベッカにジルが話し掛ける。

「えっと……確かレベッカって言ったわよね?」

「あ、はい。私は『S.T.A.R.S』のブラヴォーチームに所属しているレベッカ・チェンバースです」

「私はジル・バレンタイン。ジルでいいわよ。貴女と同じく『S.T.A.R.S』のアルファチームに所属しているわ。よろしくね、レベッカ」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 そう言ってレベッカは上官であるジルに敬礼した。
 この二人は面識こそ無かったが、それでもアルファチームに所属している者達が新米である自分よりも階級が上だという事を、レベッカは知っている。
 警察組織の一員である彼女たちは基本的に縦社会なので、彼女がこうして敬意を払うのは当然のことだった。
 この非常時でも……いや、非常時だからこそそういった規則は守らねばならない。

「それでレベッカ。いくつか貴女に聞きたい事があるのだけど、良いかしら?」

「……なんでしょうか?」

「そう身構えないで頂戴。仲間である貴女に意地悪な質問なんてしないから。まず聞きたいのは、さっきの少年のことよ」

「レイの?」

 てっきりこの館やそこら中に徘徊しているゾンビについての話をするものと思っていたが、ジルの口から飛び出したのはレイの名前だった。
 ついさっきまで彼のことを考えていたレベッカは、思わず気の抜けた声を出してしまう。
 そんな彼女を気にすることなく、ジルは話を続けた。

「あの子とは以前から知り合いなのかしら?」

「いえ、違います。レイとはこの館で偶然出会って、しばらく一緒に行動していました。周りはゾンビだらけですし、逸れてしまった仲間と合流する為にも彼の協力は必要でしたから。……ただ、レイが強いのは知っていましたけど、流石にあんな力があるとは思ってもみませんでしたね」

 初めは一般人だと言って保護を求められたので、レベッカはそれに応じた。
 見た目はゾンビと大差ないほど酷い格好をしていたが、捕まっていたと言われれば警戒よりも同情の方が勝る。

 そして、少なくとも自分よりはこの洋館について何かしら知っているだろうと思っていたが、そんな予想を遥かに上回る情報を彼は持っていた。
 特に、この一連の事件の黒幕がアンブレラであるという事実は――。

「なんですって!? それは本当なの!?」

 アンブレラがこの件の黒幕だと、そう聞いたジルは思わずレベッカに詰め寄って問い質した。

「は、はい。レイはそう言ってました。私が見た感じだと、嘘をついているようにも見えませんでしたけど」

「それは……ずいぶんと突拍子も無い話ね」

 製薬会社であるアンブレラ社。
 民間企業だが数多くの新薬の開発に成功していて、難病の治療にも貢献している世界的な大企業だ。
 そんなアンブレラが今回の事件を引き起こした?
 それは一体何の冗談だ。
 だが、死体が動くという俄かに信じがたい現実に直面している以上、ただの戯言だと言い切るのは早すぎるとジルは思う。

「あ、そういえばレイがこの研究室にその証拠があるかもしれないって言っていました。レイを待っている間、探してみますか?」

「ここに証拠が? それなら探してみましょうか。どうせあの子が来るまでここから動けないしね」

 動けない、というよりもレベッカは動くつもりが無いようだと、ジルは心の中で付け加えた。

 

   

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