とあるウィルスの適合者10

 ジルは手元にある資料に視線を落とす。

 そこに書かれていたのは、とある実験についてのレポートだった。
 実験と言っても合法的なものではない。
 非合法……それも生身の人間を使った悪魔のような人体実験の詳細が事細かに記されており、思わず目を覆ってしまいたくなるほど非道な内容が記されている。

「……確かにアンブレラが関与していた証拠ね。疑っていた訳じゃないけど、こうして確たる証拠を見てしまうとやっぱり驚いてしまうわ」

 ここで行われていた実験が人間にウィルスを投与し、それを兵器として運用する為の実験というのは、この資料を少し読み進めただけでわかった。
 わかった上でジルは嫌悪感を露わにする。
 警察という職業柄こういったものへの耐性は人よりもあった筈のジルだったが、流石にここまで不愉快な物を目の当たりにすると、それが表情に出てしまうようだ。

「うっ、何これ……こんなの酷すぎる……!」

 レベッカもまた、実験のあまりの残酷さに怒りと恐怖で顔が青ざめている。
 まともな感性を持つ者であれば誰もが目を覆いたくなるような事実、それがこれでもかと詰め込まれたようなレポートを見てしまったのだ。
 警官となってまだ日が浅い彼女がそうなってしまうのも無理はない。

 そして、まさかこれと似たようなことをレイも受けていた、そう考えると震えが止まらなくなってしまう。
 レイと初めて出会った時の彼の状態をふと思い出せば、まともな人間の姿ではなかったことが印象に残っている。
 添付されている写真に写っている人間の姿をした者の恰好と同じ、不衛生なボロ切れを纏った姿が。

「レイ……」

「きっと大丈夫よ。だってあの子はあんなに強いんだもの。もう少ししたらきっと、ひょっこり現れるわ」

「そう、ですよね」

 ジルの言う通り、レイは自分が思っているよりも遥かに強い。
 ゾンビ相手でも素手であっさり倒してしまうし、見るからに異常な化け物を前にしても慌てず冷静に対処しようとしていた。
 だから大丈夫だ。
 そう思わなければ不安で押し潰されそうだった。

「でもあのレイって子、一体何者なのかしらね。銅像を軽々と持ち上げていたし、普通の人間という訳じゃなさそう。アンブレラの情報を知っていることを考えると、もしかしてあの子もアンブレラの関係者――」

「レイは! レイはこんな酷い事をするような人じゃありません!」

 急に声を荒げたレベッカにジルは目を丸くした。
 先ほどの話を聞いた限りでは、この二人が出会ったのは今日が初めてのはず。
 心配していると言っても、レベッカがここまで必死に彼のことを庇うとは思わなかったのだ。
 もっとも、ジルも自分を助けてくれたレイに対して感謝しているし、彼のことを悪く言うつもりは一切ないのだが。

「わかってるわよ。私が言いたいのは、あの子もここで何かの実験を受けていたんじゃないかってこと。助けてもらっておいて、そんな相手を悪く言うほど嫌な女じゃないわよ、私は」

「あ、す、すいません! 私ったら勘違いして……」

「別に良いわ。私も誤解されるような言い方をしちゃったし。ただ、やっぱり色々と謎が多い子ではあるわね。出来れば一刻も早く本人から直接話を聞きたいんだけど」

 いずれあのレイという少年からは色々と聞き出すとして、まずはこの部屋にある証拠を片っ端から集めておく必要がある。
 アンブレラは世界的な大企業だ。
 中途半端な証拠では警察の上層部は尻込みして動かない可能性もあるし、動いたとしても法の裁きを受けさせることは出来ないかもしれない。

 なので、まだ目を通していない他の資料を含め、この部屋にある物は全て確認しておく必要があった。

「レベッカ、とりあえず手分けしてここにある証拠を集めましょう。何もせずに待っているより、そっちの方がずっと気が紛れるでしょ?」

「……そうですね。私、実はこういう作業は得意なんです。任せてください!」

「フフッ、頼もしいわね。それじゃあよろしく頼むわよ?」

「はいっ!」

 空元気というのは見てわかったが、それを指摘するほど野暮ではない。
 そうして二人は作業へと取り掛かった。
 かなり膨大な量のファイルや、パソコンの中のデータに四苦八苦しながらも、順調に証拠となる資料を纏めていく。
 大方作業が完了したところで、ジルが何かに気付いた。

「……っ、誰か来る」

 入り口の方から人の気配を感じ取る。
 二人の間に緊張が走り、すぐさまジルとレベッカの二人は銃を構えて戦闘準備に入るが、そこに居た人物を視認するとジルは大きく目を見開いた。

「……隊長?」

 二人の視線の先にいたのは、ジルが所属しているアルファチームの隊長である、アルバート・ウェスカーその人であった。

 

 ◆◆◆

 

 一方その頃、レイもまた、研究室へと向かう途中にとある人物と接触していた。
 その男はガラス張りの個室に閉じ込められており、偶然そこを通りかかったレイを必死に呼び止めている。

「誰だ、あんた」

「俺はクリスだ。クリス・レッドフィールド。頼む、何でもするからここから出してくれ! 早く行かないと、俺の仲間がアイツに殺されてしまうんだ!」

 藁にも縋るといった様子でレイに訴えかける男。
 彼の着ている装備を見れば、レベッカやジルと同じ物であると一目でわかる。
 そしてたった今言放った何でも、という言葉。
 その言葉にレイはニヤリと口元を歪め、普段よりも尖った歯をチラリと見せたのだった。

 

   

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