とあるウィルスの適合者11

 不幸中の幸いと言うべきか、思わぬところに生きた人間が転がっていた。
 そいつは男だが、偶然にも道中で採血キットをいくつか入手していたので、それを使って血を摂取することが出来たのだ。
 本当は直接吸った方がエネルギー効率が良いんだが、相手は男。
 多少のロスは仕方ない。
 男の首筋に噛み付き、そして恍惚とした表情を間近で見るよりは遥かにマシだろう。
 精々、レベッカの血を吸うまでの繋ぎとして活用させてもらうとする。

「……俺の血なんて一体何に使うんだ?」

 採血キットで採取した血を隠れて飲んでいると、ガラス張りの檻に捕まっていたクリスという男が声をかけてきた。
 見られると面倒だ。
 適当に誤魔化しておくか。

「知らない方が良いこともある。それより、仲間を助けに行くんだろ? アンタが言っているジルって女はたぶん、この先にある研究室にいると思うぞ」

「本当か!?」

「ああ、お前たちと同じ『S.T.A.R.S』に所属しているレベッカって女と少し一緒行動していたんだが、そいつと一緒に少し前に同じ制服を着た女を助けたんだ。あいにくと今は別行動中だけど、事前に決めていた合流地点がその研究室なんだよ」

 俺が先ほどの状況をクリスに話してやると、彼はより一層感謝するような視線を向けてきた。

「そうか。なら君は仲間の命を救ってくれた恩人だ。この借りはいずれ必ず返す。本当に、本当にありがとう……!」

 そう言って頭を下げるクリス。
 彼にとってよほど仲間とやらが大事らしい。
 俺としては血をもらった時点で貸し借りなんて無いんだが、恩を感じてくれるなら別に良いか。

「クリスと言ったな? 俺はレイだ。短い付き合いになるだろうけど、それまではよろしく頼む」

「了解だ。こちらこそよろしく、レイ」

 てか、何気にクリスの血は普通の人間よりもエネルギーが多く獲得できた気がする。
 この違いは一体なんだろうな。
 血液型とか?
 あるいはその本人の健康状態とかも関係するのかもしれない。
 ま、これはおいおい確かめていけば良いか。

「そういえばクリス、何でアンタはあんな場所に入れられていたんだ? ゾンビにそんな知能は無いだろうし、人間にやられたんだろう?」

「ああ、その通りだ。仲間……いや、仲間だと思っていた男に裏切られてしまった。そのせいで何人もの仲間が死んだんだ。だから必ず、ウェスカーにはこの報いを受けさせる」

 表情を歪ませて怒りの感情を露わにしている。
 ただ、クリスの口から飛び出した名前に、俺は思わず眉をピクリと反応させてしまう。
 他人がどれだけ死のうが大して興味は無いが、無視できない男の名前が聞こえてきたので、気付けば俺はクリスに聞き返していた。

「ちょっと待て。ウェスカーだと? それってアルバート・ウェスカーのことか?」

「そうだが、なぜその名をレイが知っている?」

 そうか。
 あの男もこの洋館にいるのか。
 ……クックック、それは良いことを聞いた。
 アルバート・ウェスカーはアンブレラの構成員であり、俺や母さんに対して進んで実験を繰り返していた研究者の一人だ。
 俺の絶対殺すリストの上位者でもある。
 こうして探す手間が省けたことだし、確実にこの手で心臓を握りつぶして引導を渡してやろう。

「奴とは色々と因縁があってね。個人的に恨みがあるんだ。それで、アンタはあの男をどうしたいんだ? 殺すのか?」

「……わからない。仲間の仇を討ってやりたい気持ちもある。あるんだが、身柄を拘束して法の裁きを受けさせるべきだという気持ちもあるんだ。ま、結局は極刑になるだろうが」

 なるほど。
 長い間この場所に幽閉されていた俺にはよくわからないが、クリスにも色々と思うところがあるらしい。
 だが、ウェスカーを殺すのは俺だ。
 他の誰でもない。
 それに、あの男をみすみす殺さずに捕らえるなんて生温い真似、絶対に許さんよ。

「奴はここで殺しておかなければ、あらゆる手段を使って生き延びるだろう。そういうのは上手いらしいからな」

 奴はアンブレラの幹部ではなかったが、それなりの立場ではあったように思える。
 だからこそ逃げ道はいくつか用意しているだろう。
 あの男の用心深さだけは超一流と言っても良い。

「レイ、お前は一体何を知っているんだ?」

「あまり悠長に説明している暇は無いから手短に言うが、アルバート・ウェスカーはこの騒動を引き起こした組織の一員だ。今始末しないと、かなり面倒なことになるかもしれないぞ?」

「ウェスカーが……?」

 クリスは俺の話に懐疑的なようだ。
 だが、息の根を止めなければ本当にそうなる可能性は高い。
 アンブレラの連中は、ウェスカーのことなんて使い捨ての駒程度にしか思っていないだろうが、狡猾で慎重なクソ野郎のことだ。
 きっと弱みの一つや二つ握っていて、それを交渉の道具にするに違いない。

 そうなればまたチョロチョロと害虫のように動き回り、非常に目障りなことになってしまう。
 だからこそ、仕留められる時に仕留めておかねばならないのだ。

「信じられないならそれでも良いさ。ウェスカーを殺すのなら手を貸す。だが、殺さないなら俺の邪魔はするな。今言えるにはそれだけだ」

 俺はそれっきり一方的に話を打ち切って歩き始めた。
 後ろからもっと話を聞きたそうな視線を感じるが、その全てを無視してまっすぐ研究室へと向かう。
 ウェスカーがここにいるとわかった今、逃げられる前に殺さなければならないのだからな。
 それに、血を吸う予定のレベッカの安否も多少は気になる。
 今はクリスと話し込んでいる時間は無い。

 そうして俺たちは急ぎ足で研究室に向かい、襲い掛かってくるゾンビを瞬殺しながら、それほど時間をかけることなく到着した。

 しかし――。

「ウ、ウェスカー……?」

 そこに広がっていたのは、3メートル近くある巨大な人形の化け物が、アルバート・ウェスカーの胸を貫いていた光景だった。

 

   

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