とあるウィルスの適合者12

「レイ、無事だったのね!」

 俺を呼ぶレベッカの声で我に帰る。
 声が聞こえてきた方向へ視線を向けると、レベッカともう一人の女も大きな怪我はしていないらしく、銃口を化け物に向けて戦闘態勢に入っていた。
 チッ、流石に予想外すぎて一瞬行動が遅れてしまったな。

 だがちょうど良い。
 レベッカが声を出したことで化け物の注意が向こうに向いた今なら、あの化け物に不意打ちを掛けられる。
 先手必勝だ。

「お前ら、俺を援護しろ!」

「なっ!?」

 横にいたクリスの慌てた様子を尻目に、俺は3メートルはある巨体の化け物に突っ込んだ。
 この化け物は確か……『タイラント』とか呼ばれていた生物兵器だ。
 醜い見た目だが強さだけはゾンビの比ではなく、暴君の名を付けられるだけあって、腕を横に振るうだけでも人間なんて即死するであろう力を持っている。

 戦闘訓練と題して何度かあのタイプの化け物と殺し合いをしたことがあるが、真っ向からの殴り合いだと万全の状態ではない今の俺には少しキツい。
 それに、そもそも勝てるかどうかさえ半々といった強敵だ。
 無策で戦うには無謀な相手。

 だが、このタイラントという化け物には致命的な弱点が存在する。

「はぁぁぁあああ!!」

 右胸の部分に剥き出しになっている心臓のような部位だ。
 俺はその弱点を、拳で粉砕した。

「――ァァアアア……!」

 苦悶の声を出しながら後ろに後退させるも殺し切るまでには至っていない。
 それどころか、左手に生えている大きな爪で俺の命を刈り取ろうと反撃してくる。

「こっちだ化け物! 総員、奴を撃てェ。レイを援護するんだ!」

『はい!』

 しかし、銃による一斉射撃がタイラントを襲う。
 そしてそのクリスやレベッカ達からの援護射撃が飛んできたことにより、奴の動きが怯んで一瞬止まり、繰り出された爪が届く前に俺は離脱することが出来た。
 流石はプロの兵士。
 援護しろ、そう言うだけである程度意思が伝わるのだから非常に便利だ。

「もう一発食らっとけ!」

 ドスンッ、とまるで大砲のような音のハイキックを浴びせてやった。
 流石の暴君もこの一撃にはかなりのダメージを受けたらしく、二、三歩後ずさってから崩れ落ちるように膝を付いた。
 俺はそんなタイラントを視界に収めつつ、尚も警戒を続けているクリスに話し掛ける。

「クリス」

「ん、どうした?」

「見ての通り、あのデカブツはそこらのゾンビとは訳が違う。生命力も身体能力も桁違いの正真正銘の生物兵器だ。死にたくなければ絶対に近付くんじゃないぞ」

「あの出来損ないみたいな奴がそんなに強いのか? さっきのレイとの戦闘を見た限り、そこまで厄介な相手には見えなかったが……」

「さっきのは上手くいっただけだ。少しでも油断すれば一瞬であの世行きだぞ。あそこでくたばっているウェスカーみたいに、な」

 そう口にした俺は、そこで自分言葉に違和感を覚えた。
 本当にあのアルバート・ウェスカーがこうも簡単に死んだのか?
 自分たちが研究していた兵器の暴走で死ぬなんて、ウェスカーはそんな間抜けな男だったのか?
 俺が知っているあの男はもっと――。

「――ォォオオオ……!」

「……ウゼェな」

 しかし、俺の思考を邪魔するタイラント。
 どうやらさっきのダメージはもう回復してしまったようで、こちらを不細工な面が睨み付けていた。
 流石に無傷とはいかないだろうが、それでも立ち上がって俺たちを殺そうとするくらいには立て直している。
 本当にしつこくて邪魔くさい奴だ。

 ただ、どうやら俺のことを普通の人間ではないとわかって警戒しているらしく、こちらを睨んで唸っているだけで攻撃はして来なかった。
 こいつも『T-ウィルス』によって生み出された化け物だからか、天敵である『B-ウィルス』を本能的に恐れているのかもしれない。

「ジル、本当に良かった。そっちも無事みたいだな」

「ええ、なんとかね。レベッカとそっちの少年のお陰でまだ生きているわ。ただ、それを言うのは少し早いかもしれないけど……」

 そうしてタイラントが手をこまねいている間にレベッカ達がこちらへ合流した。
 クリス達は仲間に再び会えたことで、少しだけ安心しているように見える。

「お前ら、気を抜くんじゃないぞ。あいつはまだ死んでない」

 プロのこいつらなら大丈夫だとは思うが、念のため釘を刺させてもらった。
 そういえば、あの時助けた女の名前はジルと言うらしい。
 今はそんな事どうでもいいが。

 幸い、奴の足はそこまで早くないから、逃げるだけならそう難しくはない。
 本当にヤバくなったら逃げるのも手だ。
 だがそうなると、当然この研究室にある証拠品を回収できなくなる。
 それは不味い。

「レイ。どうするの?」

「もちろんあの化け物を倒す。この部屋に転がっている資料はどれも大事な証拠品だ。何としても回収する必要がある」

「わかったわ。言っておくけど、今度は私も一緒に戦うからね?」

「……好きにしろ。ちなみに、このデカブツの弱点は右胸にある部位だ。狙うならそこを撃て」

「了解!」

 まぁ、三人もいれば足手まといにはならないだろう。
 相手が知り合いという事もないし、戦いたいと言うならそれでも構わない。
 そんなことを考えながら未だ唸り続けるタイラントにトドメを刺そうと一歩近付くと、後ろからパリン! とガラスが割れる音が聞こえてきた。

「――ゥゥゥウウ……!」

「何!? もう一体だと!?」

 そして新たに現れたもう一体のタイラントが向かった先は――レベッカ。
 一番手近にいた彼女に巨体でまっすぐ突進し、そして彼女を吹き飛ばした。

「レベッカ!」

 ジルの悲鳴が響き、レベッカが弾き飛ばされて宙を舞っている光景を目にした俺は……目の前が真っ赤に染まった。

 ――俺の血袋に何してんだ?

 

   

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