クリスが俺に銃を構えているのを見て、思わず不快げに眉を顰める。
自分でも客観的に見てさっきまでの行動はどうかと思うが、だからと言ってそうあからさまに警戒されているのを容認できるほど、俺は大人ではない。
「さっさとその銃を下ろせ。助けてやった恩をもう忘れたのか?」
俺がそう言うと、クリスは若干警戒しながらもゆっくり銃を下ろした。
大方、俺がウィルスに感染して化け物の仲間入りしたんじゃないかと思っていたんだろう。
まあ無理もない。
俺だってクリスの立場だったら銃を向けるどころか、さっさと撃っていたかもしれないし。
「良かった。どうやらちゃんと正気のようだな。レイまでゾンビの仲間入りしたのかと肝を冷やしたぞ。だが今のは何だ? 急に暴れる……のはさっきも見たが、今のレイは明らかにヤバそうだった。まるで人間じゃないみたいにな」
だって人間じゃないからな、とは言えない。
俺自身もさっきの状態は初めての事だったのでよくわかっていないし、ここは適当に誤魔化さないと。
「あれは俺にもわからん。ただ、別に正気を失っていた訳じゃない。今まで倒してきたゾンビみたいに誰彼構わず襲い掛かるようなことはないから、そこは安心してくれ」
「それなら良いんだが……っと、それより今は彼女の容態の方が先決だな。ジル、君は確か俺よりも応急処置の評価は良かったよな? 見てやってくれ」
「ええ、わかったわ」
少し前に助けた女――ジルがレベッカの手当てをしてくれるらしい。
手当てと言っても目立った外傷も無いので、結局このまま安静に寝かせておくくらいしか出来ないだろうが。
探せばここの施設のどこかに医療機器があるかもしれないが、そんな物を悠長に探している余裕はない。
「どうだ? レベッカは気を失っているだけだよな?」
「……ええ、そうみたいね。大きな怪我も無いようだし、少し経てば目を覚ますと思うわ。ラクーンシティに帰ったら脳に異常がないか精密検査を受ける必要があるでしょうけど、とりあえず今のところは寝かせておきましょう」
「それなら向こうに被験者用のベッドがあった筈だ。そこまで運ぼう。クリス、手伝ってくれ」
「もちろんだ」
三人で出来るだけ頭を揺らさないよう慎重にレベッカを運ぶ。
運ぶ先は簡素なベッド。
研究室なだけあってしっかりと清潔さは保たれており、被験者用だからと言って血で汚れている訳じゃない。
シーツは綺麗な新品だ。
そこに彼女を寝かせると、早速クリスが口を開いた。
「よし、俺は今から救援のヘリを呼んでくる。ここに来るまでに通信室を見かけたから、おそらくそこで仲間と連絡が取れる筈だ。二人はここで彼女を見ていてくれ」
「一人で行くのか?」
「ああ。ゾンビもそんなに居なかったし、こっちは俺だけで大丈夫だ。この部屋からそこまで離れていないしな」
クリスの言う通り、通信室があるのはこの研究室からそこまで離れた距離ではないが、だからと言って危険がない訳ではない。
道中にはまだゾンビもいるだろうし、もしかすると人間以外にも『T-ウィルス』に感染した実験動物がいるかもしれないからな。
……まぁ、自ら危険を冒してくれるというなら、有り難くクリスに任せよう。
男だし。
「クリス、気を付けてね?」
「ああ、そっちもな。さっさと救助を呼んで、こんな場所からはおさらばしよう」
クリスはそう言い残して颯爽と研究室から出て行った。
さっき言っていた通信室へと向かったのだろう。
身体を張って自分から危険な場所へ行くなんて、まるで物語の主人公みたいな奴だな。
「あの男はいつもああなのか?」
「ええ、あんな感じよ。でも頼りになるでしょ? こういう非常時では特に心強いわ」
確かに役には立ちそうだ。
こういう状況でパニックを起こさず冷静に行動できるなんて、いくら軍人や兵士だったとしても肝が据わっている。
並みの精神力じゃない。
戦闘能力や判断力も高かったし、そういう奴を信頼する彼女の気持ちは十分に理解できた。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はレイだ。よろしくな、ジル」
「ええ、よろしく。知っての通りジル・バレンタインよ。あの時は助けてくれてありがとう。お陰でまだ生きていられるわ」
「成り行きで助けただけだから別に良いさ。それより――っ!?」
――ドクンッ。
「ちょ、ちょっとレイ!? 大丈夫!?」
話の途中でガクッと膝から崩れ落ちてしまった。
これは、やばい。
目の奥がチカチカして視界がグルグル回転し、身体の平衡感覚がおかしくなって立っている事もままならない。
この感覚には非常に覚えがあった。
極限まで吸血をせずに放置した際に襲ってくる、理性なんて吹き飛ばしてしまう吸血衝動が起こる前兆だ。
まったく、破壊衝動のあとは吸血衝動だなんて笑えない。
我ながら忙しい身体だよ。
とにかく、今は急いで新鮮な血を身体に取り込まなければならない。
レベッカは……流石にまずいか。
気を失っている相手から血を吸うなんて、いくらなんでも彼女の命が危険だろう。
俺は別にアンブレラの人間以外を殺したい訳じゃないんだ。
となると残るは……。
「――ジル。お前は俺に借りがあるよな?」
「え? 急に何を――っ!?」
カプッ。
彼女が何かを言う前に首筋に噛み付いた。
軍人とは思えない白く透き通る肌に俺の歯が突き刺さり、そしてそこから綺麗で真っ赤な血が俺の喉を通って身体中に染み渡っていく。
彼女の血はとても、とても美味かった。