とあるウィルスの適合者15

 ジルの首筋に噛み付き、その血を啜った。
 よく考えればそうなるのも必然だったように思う。
 普通、タイラント相手にあれほど圧倒的な戦いが出来るなんてあり得ないのだ。
 それこそ血を大量に摂取し、満タンまでエネルギーを体内に蓄えていたとしても、二体のタイラントを赤子のように瞬殺するなんて出来はしない。

 あれは身体がかなりの無理をしていた状態だったのだろう。
 だからこそ、俺の身体が新鮮な血を求めて暴走寸前になってしまったのはそうおかしな話ではなかったと思う。

 そして横たわるジル・バレンタインの姿を見て、俺は彼女に対して今更ながらに罪悪感を覚える。
 血が足りていないのか若干青白くなっている顔。
 俺の唾液にはそこまで強力ではないが傷を癒す力があるので、首筋に付いていた俺の歯型こそ綺麗さっぱり治っているが、吸われた血まで回復するわけではない。

「……生きてるか?」

「――なんとかね」

 彼女から弱々しい返事が返ってきた。
 一応、生きてはいるようだ。
 俺を睨みつけるくらいの気力は残っていても、体はぐったりとしていて今にも死にそうな顔をしている。
 それがまた俺の罪悪感を引き立てていた。

「すまん、としか言えないな。俺もあれは予想外の出来事だったし、ほら、流石に意識が無いレベッカの血を吸う訳にはいかないだろう? それに、お前には助けてやった貸しがあった筈だ。まぁ、流石にやり過ぎだとは思っている。悪かったな、ジル」

「だからってあんな……っ! と、とにかく説明して貰うわよ。さっきのことも、あなたが知っていることも全部ね!」

「ああ、最初からそのつもりだ。俺の事情も含めて、ジルが知りたいのなら全て話そう」

 俺は彼女が襲われている所を助けているが、それを考慮しても死にかけるまで血を吸うのはやり過ぎである。
 これがアンブレラの関係者が相手なら迷わず一滴残らず吸い尽くしてやるのだが、相手はアンブレラとは何の関係もない警察官だ。
 むしろウェスカーに騙されていたことを考えれば同情できる。
 だからこそ、事情を話すくらいはしても良いだろう。

 素直に話すと言ったことが意外だったのか、ジルは少し驚いたような表情を浮かべていた。

「あら、本当に教えてくれるの? 言っておくけど、嘘を言われるくらいなら何も喋らない方がいいわよ?」

「大丈夫だ。俺が知っている事は話す」

「……えらく素直なのね。あなたはもっと近寄り難い感じだと思っていたのだけど」

「そうか? ……そうかもな」

 言われてみれば確かにその通りだ。
 罪悪感を感じている程度で俺が自分のことを話す気になるなんて少しおかしい。
 もしかすると、血を吸ったことで彼女に対して親近感でも湧いているのかもしれないな。
 もっとも、一度話すと言った以上は今さらそれを変える事はないのだが。

「それじゃあまず、俺のことから話そう。俺の名前はレイ・トレヴァー。アンブレラの人体実験により『B-ウィルス』を投与され、それに適合して生き残った生物兵器だ」

 ジルに俺が知っている事を全て話した。
 この洋館でウィルスを投与され、それに適合した結果人間離れした身体能力を手に入れたこと。
 そして、その代わりに人間の血液を摂取しなければならないこと。
 ……ジルを襲っていた化け物が俺の母親の成れの果てだということ。

 他にもアンブレラについても知っている限りのことは全て話した。
 まぁ、これに関してはあまり知っている事は多くないので手短になってしまったが、アルバート・ウェスカーがアンブレラの構成員であるということもしっかり伝えた。

「……レイの話はわかったわ。いえ、わからない事もあるけど、それは今は置いておく。でもとりあえず言いたいのは、私が血を吸われていた時のことは忘れなさい。絶対に」

 そう言われて先ほどのジルの姿を思い出す。
 俺に血を吸われ、とても人には見せられないような恍惚とした表情を浮かべている彼女の姿を。
 ふむ、確かにあれは思い出して欲しくはないだろう。

 俺としては眼福だったとしか言うことはないが、本人からすれば今日会ったばかりの男に自分の痴態を見られてしまったのだ。
 彼女が特殊な人間ではない限り、それを忘れろと言うのも理解できる。

「恥ずかしがる事はない。俺の吸血には、相手に強烈な快楽を与える副作用があるんだ。老若男女関係なく発情するような強力なやつがな。だからジルがあれほど乱れて求めてしまうのも無理は――」

「レイ?」

 それ以上は喋るな、そんな鋭い視線を向けられた。
 ふむ、これは本気で怒っているな。
 俺は気にするなと伝えたかっただけなのだが、彼女の気分を害してしまったようだ。
 どう考えても完全に俺が悪いので黙りこむ。

 そうして少しの間、沈黙が俺とジルの中で生まれるが、先にそれを破ったのはジルの方だった。

「……私はこれからどうなるの?」

 どうなる、とは自分もゾンビになるのか、という事だろう。

「別にどうにもならない。今のジルは単に血液が足らなくなって貧血状態になっているだけだ。死にはしないしゾンビにもならん。もちろん、俺みたいなる事もない。体調が戻って新しい血が作られればそれで全て元通りだ」

「そう、なら良いわ」

 俺の話を聞いた上で自分がゾンビになってしまうかもしれないと考えていたらしく、ジルはそれっきり安心したように眠りについた。
 さて、問題はクリスが戻ってきたらこれをどう説明するか、だな。
 自分が招いた結果とはいえ、少し面倒に感じてしまう。

「ジル・バレンタイン、か」

 それにしてもジルの血は美味かった。
 気を抜けば、眠っている彼女を襲ってしまいたくなるくらいには……。

 

   

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