ジルが貧血によって眠ってから数分後、再び彼女の血を啜りたい気持ちを抑えながら葛藤していると、タイラントに吹き飛ばされて気を失っていたレベッカが軽く身じろぎした。
おっと、危ない危ない。
危うく眠っているジルにトドメを刺してしまうところだった。
これ以上彼女の身体から血を抜けば何らかの後遺症か、最悪死ぬかもしれないから注意しないとな。
「……ぅ、ん。ここは……」
「起きたかレベッカ。お前は新しく現れた二体目のタイラント――デカい化け物に吹き飛ばされて気を失っていたんだ。覚えているか?」
「……うん、なんとなく覚えてる。というか思い出してきた。私がまだ生きているってことは、あの二体は倒せたんだね」
そう言って起き上がろうとしたので、まだ寝ていろという意味を込めて彼女を手で制した。
目が覚めたばかりで起き上がるのも辛いだろう。
ジルはさっき眠ったばかりだし、そもそもクリスが戻ってくるまでここから移動することも出来ない。
レベッカが目を覚ました以上、あいつが帰ってきたら眠っているジルを背負わせて脱出、って感じになりそうだ。
その為にも今はゆっくりと体力を回復してもらわねばらなん。
だから今は無理する必要もない。
「しばらくはここから移動しないし、もう少しくらい寝てろ。隣のベッドでジルも寝てるしな」
「え? あ、ホントだ。ジルさん、怪我でもしたの?」
「まぁ、そんな感じだ。説明するのが難しいんだが、見ての通り今は眠っている。ただ、別に命に関わるもんでもないから心配は要らない」
「……ゾンビに噛まれた訳じゃないわよね?」
「ゾンビには噛まれていないな。……ゾンビには」
「ん、なにか言った?」
話がややこしくなるから適当に誤魔化しておく方が良いか。
「いや、なんでもない。それよりも身体の調子はどうだ? 一応ジルがお前の怪我の具合を診てくれたんだが、機器を使って精密検査したわけじゃない。どこか身体に異常とか違和感とかはないか?」
「うーん、私はたぶん大丈夫。もう少し休んでれば回復すると思う。そっちは?」
「俺の方も問題ない。むしろかなり調子が良い」
ジルの血液を身体に取り込んだ俺は、何故かはわからないが普通よりもかなり多くのエネルギーへと変換することが出来たのだ。
お陰で身体に問題が無いどころかかなり調子が良い。
感覚的にはあの量でも七割くらいエネルギーを回復できたと思う。
もしかしたら血液にも相性とかがあるのかもしれないな。
「あれ、クリスはどうしたの? ま、まさか――」
「心配するな、ちゃんと生きてるよ。少し前、あいつは仲間と連絡を取るために通信室へ向かったんだ。もうすぐ戻ってくるだろう」
この場にいないクリスが無事だとわかり、レベッカは僅かに起き上がりそうになっていた身体を再びベッドに委ねた。
「そっか。それじゃあ、本当にみんな無事なんだね。……よかった、これ以上仲間を失うことにならなくて」
ここから出て行くまでは安心できない、とは言うまい。
レベッカとジルの二人はきっちり俺が守るからな。
クリス?
あいつは男だから割とどうでもいい。
役に立つ奴ではあるけどな。
◆◆◆
――グサッ。
肉に刃物を突き立てたような鈍い音が響き、微かな呻き声が口から溢れる。
既に死んでいる肉体からはドス黒い血が流れ、そしてその後すぐに糸が切れた操り人形のように地に伏した。
「まったく、これでは気を抜く暇もないな。少しくらいは休ませて欲しいものだが……どうやらそれを聞いてくれるつもりはないらしい」
コンバットナイフにこびり付い血を振り払いながら、クリスは疲れたようにそう言った。
彼は自身が所属している『S.T.A.R.S』という組織に救援を要請する為、現在はレイたちとは別行動を取っている。
そしてつい先ほど、無事に仲間と連絡を取ることに成功し、この洋館に救助のヘリを呼ぶことが出来たのだ。
数十分もすればこの地獄から脱出することが出来るだろう。
(ふぅ、レイは簡単にこいつらを倒していたが、やっぱり俺だとそうはいかないか。銃じゃなくナイフで戦うとなると、どうしても生物的な恐怖が勝ってしまう)
人の姿をした怪物がなりふり構わず襲い掛かってくる――例え、戦闘訓練を受けたプロであっても怯んでしまうのも無理はない。
それを物ともせず片手でゾンビたちを屠るレイの方が異常なのだ。
もちろん、生身の人間にもかかわらずナイフ一本で立ち向かおうとするクリスも、普通に考えて十分に異常ではあるのだが。
すると、何かが近付いて来る複数の足音が聞こえてきた。
「――ゥゥウウ……!」
「チッ、さっきよりも数が集まって来てるのか。これだけいるとなると、流石にナイフでは危険だな。まぁ仕方ない」
クリスは腰のホルスターから銃を取り出し、そしてパンッ、パンッと的確に脳天へ弾丸を撃ち込んで最低限の弾で仕留めてみせる。
レイのように派手な格闘戦は出来ないが、兵士として高い能力を持っている彼だからこそ、銃器を使えばこうして危なげなくゾンビと戦えるのだ。
そうして三体の死者を片付けたクリスは、仲間たちが待っている場所へと向かい始める。
「――ん? 気のせい、か?」
そんなクリスを監視するような人影があることに、彼は最後まで気付かなかった。