とあるウィルスの適合者17

 クリスが単独行動から戻って来た。
 見たところ返り血は多少浴びているものの、噛まれたような傷は何処にもない。
 つまりしっかりと五体満足で任務を果たしてきたのだろう。
 やはり、この男はただの人間にして中々有能なやつだ。

「お帰りなさい、クリス。そっちは怪我がないようで安心したわ」

 そして、その頃にはジルもなんとか目を覚ましていて、未だ体調が悪そうにしているが意識はしっかりしている。
 この分だと血を吸い過ぎた後遺症とかも無いようだな。
 感覚的には大丈夫だと思っていたが、人間の身体というのはひどく脆いので何事もなくて本当に良かった。
 いずれまた、血を吸わせて貰いたいものだ。

「あぁ、何も問題は……って、一体どうしたんだジル。怪我でもしたのか?」

「大したことはないわ。ちょっと貧血気味なっただけよ。……誰かさんのせいでね」

 チラリとベッドに寝たままのジルに睨まれる。
 そんな彼女に対して俺は肩をすくめ、バツが悪いので視線を明後日の方向に移動した。
 クリスは助ける見返りとして俺に血を提供しているので、それだけで何があったのかを大体把握したらしく、納得の表情を浮かべる。

「……あぁ、どうやら君もレイに血を渡したらしいな。俺もちょっと前に提供した。でもそれで貧血とは、少し彼女に無理をさせすぎなんじゃないか、レイ」

「多少の不可抗力もあったんだが、この件に関してはぐうの音も出ないくらいに俺が悪い。すまなかったとは思っている。というかジル、それは既に何度も謝って許してくれた筈だろ?」

「ええ、別にもう気にしてない――ん? ちょっと待って。まさかクリスもやられてるの?」

「ああ、注射器三本分くらいの量を持っていかれた。何に使うのかは教えられていないが、まぁ輸血とか普通の使われ方はしていないんだろうな」

「なんだ、注射器か。注射器……ねぇ」

 ジルは俺がクリスの首筋に噛み付き、そして彼女が感じた快楽をクリスも……とか考えたのだろう。
 想像するだけで恐ろしい。
 それに、そんな方法があるなら直接噛み付かなくても良かったじゃないか、そんな風に向けられたジト目が地味に痛い。

 俺としては女なら迷うことなく直接血を吸うつもりなので、もし次があっても注射器なんかを使うつもりは微塵もないんだけどな。
 そんなことを言えば確実にまた睨まれてしまうので絶対に口にはしないが。

「えっと、私だけ置いてけぼりになっているんですが……」

 この場で完全に蚊帳の外になっていたレベッカが恐る恐るといった様子でそう言った。
 彼女が目を覚ましてから既にそれなりの時間が流れており、もうすっかり動き回れるくらいの元気を取り戻している。
 クリスが戻ってくるまでの間、この研究室に残されていた証拠品の整理を率先して行なっていたほどだ。

「レベッカも怪我がないようで何よりだ。それでレイのことだが……さっきも言ったが俺も詳しくは知らないんだ。知りたいのなら本人に聞いてくれ」

 俺の元に一斉に視線が集まった。
 クリスは俺が色々と訳ありだと気付いているだろうし、ジルに関しては既に俺の秘密を話してある。
 レベッカも、まぁ俺が何かを隠していることには気付いているだろう。

「はぁ、わかったよ。簡単になら話してやる。どうせさっきジルにも話したから、それがもう二人増えるだけだしな」

 レベッカにはどこかのタイミングで話し、そして血を吸うつもりだったので、この際クリスに話しても構うまい。
 俺の存在が公になる可能性もグッと上がるだろうが、そもそもジルに話した時点で一緒だし、何よりこの研究室には俺に関する資料も残っているはず。
 今更、話したところで不利益になることはほとんど無い。

 そう判断して、俺はジルに話した内容と同じことを二人にも話してやった。

「――と、言うわけで、俺がまともに動くには人間の血が必要なんだ。それも新鮮なもの限定のな。別に俺に血を吸われたからと言って、ゾンビみたいに感染するとか死ぬとかはないから安心してくれ」

「……なんというか、壮絶な人生を送っているんだな。俺の想像していた遥か上を行っている」

「やめろやめろ、別に同情が欲しい訳じゃない。というか……意外だな。クリスなんかは、最悪銃でもぶっ放してくるんじゃないかと思っていたんだが」

 クリスが仲間思いなやつだということは会ったばかりの俺でもわかる。
 だからジルを襲ってしまったと告白すれば、いきなり殺されることは無いにしても、それなりに険悪な雰囲気になってしまうと思っていた。
 しかし、想像よりも遥かにクリスの態度は変わっていない。

「そりゃ仲間を襲われたら反撃するさ。でも、当のジル本人がレイに敵意を持っていないようだから、俺としては何もする気はない。それにレイの力はこの戦場を生き抜く為に必要だ。出来れば協力関係を維持したいと思っている」

「クリス、お前が話しのわかる男で良かったよ」

 それでも、死にかけでもしない限りお前から血を吸うことはあり得ないがな。

「ただ、血が必要なら俺のをやる。彼女達からは採らないでやってくれ。病み上がりと貧血の二人だからな」

「……冗談だろクリス、考えてもみろ。男の体液を飲み込むんだぞ? いくら器具を介してとは言っても、進んでそんなもんを飲みたい訳じゃない。というか、出来れば飲みたくない。この二人がいるなら尚更だ。あの時お前の血を飲んだのは、あくまでも仕方なく、だ。本音を言えば寒気がする」

「体液って……いや、まぁ、そうかもしれないけどなぁ」

「病み上がりと言っても、レベッカは既に回復しているだろ。大事なのは本人の意思だ。ここはやはり、協力するべきじゃないか? 俺は武力を差し出し、そっちは血液を差し出す。それこそ対等な関係だ。なぁレベッカ、お前もそうは思わないか?」

「わ、わたしは――」

 

   

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