レベッカは少し迷っている様子を見せ、そして首を縦に振った。
「……少しくらいなら別に良いよ? ほら、ジルさんみたいにグッタリするまでされるとマズイけど、動き回るのに支障が出ないくらいだったら大丈夫。……だって、そうしないとレイが困るんでしょ?」
「ああ、困る。凄く困るな。そう言ってくれると本当に助かる。ありがとう、レベッカ」
こうして多少強引にではあったが、何とかレベッカからの同意を取り付けることが出来た。
こちらが強気に出れば押し切れると思っていたがその通りだったらしい。
ともあれ、これで血が不足するという事はないだろう。
血が欲しくなった時、すぐ近くにレベッカがいるだけでもかなり気持ちが楽になる。
「それでクリス、お前が呼んだ救援とやらはどのくらいで到着するんだ?」
「ちょうど近くを巡回するヘリがあったみたいでな。数分とはいかないが、十数分くらいでここに到着するだろう」
ふむ、そのくらいだったらジルとレベッカを守りながら生き残れそうだ。
タイラントみたいな化け物とはもう遭遇しないだろうし、通常のゾンビ程度なら片手間で薙ぎ倒せるからな。
ようやく切迫した状況から解放されそうだ。
そしてここから脱出できれば、ようやくアンブレラへの復讐に本腰を入れられる。
数年以内に確実に潰してやるさ。
その為にはまず、ここの資料に少し目を通しておく必要があるな。
「しばらくはここで待機する事になりそうか。それなら――」
と、俺が次の言葉を発しようとしたその瞬間、ウー!ウー!ウー!と不快な警報が鳴り響き、一気に張り詰めた緊張感が襲ってきた。
『自爆モードが起動しました。施設の自爆まで残り十分です。職員は直ちに退避してください。繰り返します。職員は直ちに――』
そしてそんなアナウンスが流れ、物騒な言葉にクリスは顔を青くしている。
いや、クリスだけじゃなく、ジルやレベッカの二人も同じような表情を浮かべていた。
「なっ、自爆だと!? レイ、一体何が起こっているんだ!?」
「たぶん、誰か生き残っていたアンブレラの奴が起動したんだろう。こうなったらもう止められない。さっさと脱出しないと、ここと一緒に木っ端微塵にされちまう」
十分後に爆発するってことは、クリスが呼んだ救援を悠長に待っていることも難しい。
モタモタしていれば爆発に巻き込まれかねないからな。
なんせこの自爆ってやつは、建物が崩壊するとかいうレベルじゃなく、文字通り全てを消滅させるだけの爆発が起こってしまうのだ。
それを止めることが出来ない以上、一刻も早くここから脱出する必要がある。
もう救援はアテにはできなくなってしまったと思った方が良い。
「レベッカ」
「な、なに?」
「集めていた資料をできるだけ持って来てくれ。それをクリスと分担して持ち出すんだ。ただし、持ち出すのは最低限だ。全部を持っていく余裕は無いからな」
「うん、わかった!」
「それから――チッ、扉の向こうから何か来るぞ!」
俺の常人離れした聴力が扉の向こうから複数……それもかなりの数の足音が迫って来ているのを感じ取った。
そして警報が鳴り響く中、俺たちが潜伏していた研究室にゾンビの大群がなだれ込んで来る。
「う、嘘……こんなに、ゾンビが……」
数えることが億劫になるだけの数の感染者。
この洋館に潜んでいた奴らが、全てこの一箇所に集まっているんじゃないかと思うほどの量だ。
てか、あんなに殺したのにまだこんなに残っていたのか。
一体どこに隠れていたんだよ……!
「レイ、他に出口は無いのか!?」
迫ってくる大量のゾンビに焦ったクリスがそう聞いてくるが、残念ながら扉はあそこだけだ。
この研究室は地下にあるから窓から外に出るなんて事は出来ないし、逃げるには必ずあそこを通らなければらない。
つまり、どのみちゾンビの数をごっそり減らさなければどうすることも出来ず、結局は戦わなければならないという事。
「無いな。奴らが入って来た所からしか出れない。だからさっさと銃を構えろ。俺が突っ込んで大部分を相手するから、クリスとレベッカはジルを守ってくれ」
「そんなっ! 私はもう大丈夫だから一緒に戦え――」
「よせジル。どう見ても今のお前は戦える状態じゃない。でもいいのか、レイ?」
「問題ない。あんな雑魚共がいくらいようとも俺の敵じゃないからな。だからお前たちは脇からくる奴だけに集中しろ。そんで、俺が合図したらこの部屋から脱出するんだ」
ジルとレベッカを死なせない為には、俺が先頭に立って戦うしか方法はない。
一人で逃げることも出来るだろうが……不思議なことに俺の頭には端からそんな選択肢は存在しなかった。
「了解だ。そっちも気を付けろよ」
コクリと頷き、俺は感染者の群れに突っ込む。
「――グゥゥゥウウ……!」
「よっ、と」
さて、どうするか。
俺は突出していた一体のゾンビを潰して考える。
クリスにはああ言ったが、流石にここまでの群れの相手は今の俺であってもキツい。
おそらく途中でガス欠になり血が必要になってしまうので、全力で戦うことも出来ないのだ。
しかし、体力を温存したままだと早々に物量で押し切られてしまう。
故に求められるのは、必要最低限の動きと瞬間的な破壊力。
それ以外の無駄なエネルギーの消費はそぎ落とす。
当然、そんな事をすれば危険度は跳ね上がり、こんな不細工共に体を食い散らかされてしまうだろう。
「――ハッ、上等だ。格の違いを見せてやるよ。欠陥品共が」
どうやら俺は窮地に立たされると燃えるタイプらしい。