襲い来るゾンビの群れを一体一体確実に、かつ最低限の動きだけで仕留めていく。
噛みついて来ようとする奴の顎を破壊し、掴みかかって来る奴の喉を引きちぎる。
しかし、それでも倒す速度よりも増えていく数の方が多かった。
後ろから時折援護射撃が飛んできているが、それでも焼け石に水。
このまま足止めを食らっていれば施設の自爆に巻き込まれ、俺たちは感染者と一緒に仲良く木っ端微塵になってしまうだろう。
もっと動きを鋭く、速くしなければ。
そしてこの状況を打破するための思考は常に最優先で行う。
俺はアンブレラを潰すまでは絶対に死ねないのだから――なんて考えていたら、後ろからクリスの声が聞こえてきた。
「レイ! この通気口が別の場所に出られそうだ。ここから援護するから、お前も早く来い!」
通気口?
……なるほど。
出入り口はあの一箇所だけしか無いが、確かに通気口を使えば逃げられるかもしれない。
そうと決まれば俺がやる事はひとつだ。
「その二人を先に逃がせ! それまで俺が時間を稼いでおくから、そっちを優先しろ!」
「……わかった! だが危なくなれば助けを呼ぶんだぞ?」
あいよ。
俺はその返事代わりに、俺を無視してレベッカ達の所へ行こうとしていた感染者の頭を回し蹴りで吹き飛ばした。
そしてチラリと後ろに視線を向ければ、ジルやレベッカがベッドを足場にして通気口の中へと入っていく所だった。
もう少し、だな。
逃げ道があるなら無駄に俺がここで必要以上に戦い続ける意味はないし、終わりが見えた以上、エネルギーを極端に温存しておく理由は無くなった。
一段階ギアを引き上げるとしよう。
「――はぁッ!」
殴り飛ばす。
蹴り飛ばす。
投げ飛ばす。
今までの鬱憤を晴らすかのように、とにかく派手に暴れまくる。
エネルギーを出来るだけ消費しないように戦っていた時とは違い、感染者たちの流れがすっかり止まってこちらが優勢となった。
とはいえ、こんな戦い方では長くは持たないだろう。
だがそれでいい。
精々、数分程度稼げれば問題無いのだからな。
施設からの脱出までのことを考えればここでエネルギーを出し切る訳にはいかないが、それでも能力を制限していた時と比べれば爽快感がまるで違う。
このまま全ての感染者を殲滅してやる……そんな考えが脳裏をちらつき、慌ててそれを振り払った。
いかんいかん。
目的を見誤るなよ、俺。
今はコイツらを全滅させることよりも、優先すべきはジルとレベッカの安全だ。
ここで俺がいくら暴れても時間稼ぎにしかならないし、万が一途中でエネルギーが切れてしまえば今よりももっと最悪なことになるだろう。
ふぅ、どうも力を解放すればするほど高揚感に思考が支配されてしまうらしいな。
ついさっきその所為でエネルギー切れを起こしたばかりだから、今後はさらに気をつけないといけないんだが……本能と言っても良い衝動を抑えるのには苦労しそうだ。
そうしてしばらくの間、適度に暴れていると『パンッ! パンッ!』と乾いた銃声が聞こえてくる。
「こっちをもう大丈夫だ! あとはお前だけだぞ、レイ!」
これほどまでにクリスの声が頼もしく思えたのは初めてであった。
「ならお前も早く行け」
いま着ている患者用の病院着のポケットから手榴弾を出してピンを引く抜き、それを団子状態になっている感染者たちの中心へ投げ込んだ。
そして俺も通気口がある場所向けて走り出す。
放り投げた手榴弾が数秒後にドンッ! という破裂音を上げて後ろから感染者たちの呻き声が巻き起こった。
「なっ!? お前いつの間に……!」
「細かいことは後だ。今はさっさと逃げるぞ。あれくらいじゃあ全滅には程遠いだろうからな」
自分の装備を確認して手榴弾がひとつ無くなっている事に気付いたクリスが、恨みがましく俺を睨んでくるが、あいにくその程度で動じる俺ではない。
むしろこんな所で立ち止まるなと言わんばかりに先に通気口の中へと飛び込むと、クリスは大きなため息を吐いてから後を付いてきた。
「狭っ苦しい所だな。おいクリス、お前のデカい身体でも通り抜けられるんだよな?」
「……たぶん」
「もし引っかかったら言ってくれ。笑いながら置いていくから」
「おいおい、ちゃんと助けてくれよ! 流石に冗談だよな!?」
「…………」
「こんな時に無視するなって! ホント洒落になってないから!」
「そういえばお前が呼んだ救援も役に立たなそうだよな?」
「そ、それを今言うのか!?」
まったく、本当にやかましい奴だ。
いくら通気口を通っているとはいえ、感染者たちに気付かれたらどうするのか。
まぁ、やかましいと言っても声量は抑えているから冷静さは残っているんだろうけど。
「ちょっと少し静かにしてろ。感染者が追って来ちまうだろうが」
「……やっぱり俺にだけ理不尽が過ぎる」
そうして俺たちは窮地を脱したのだった。