とあるウィルスの適合者20

 狭っ苦しい通気口の中で騒ぐクリスに呆れながらも俺たちは無事に研究室から脱出して、さっきの部屋からそう離れてはいない通路に出ることが出来た。
 ……いや、まだ無事にとまでは言えないか。
 もう爆発が数分後にまで迫っているのだから状況自体はあまり変わっていないし、それどころか刻一刻と悪化していっているのだからな。

「ゆっくりしている時間はない。すぐに移動するぞ。感染者よりも今は爆発で死ぬ方が濃厚になってきている」

 残された時間は僅か7分ほど。
 徐々に迫ってきているタイムリミットは残酷にも一秒たりとも待ってはくれない。
 危機を脱したことを喜んでいる余裕など、今の俺たちにはないのだ。
 相変わらずの窮地続きで精神がガリガリと削られている気がする。
 救援が来ると聞いてからこれだから、その分ダメージが大きかった。

「移動ってどこに? クリスが呼んだ救援はきっと間に合わないし、時間的にも走って逃げるの多分無理よ?」

 レベッカの言う通り今から走って逃げるのは確かに不可能だろう。
 ジルは俺の所為でまだ本調子とは言えない状態だし、そもそも全員が万全な状態だったとしても間に合うか微妙なところだ。
 この施設の爆発というのがどの程度なのかは知らないが、少なくとも生半可なものではないことはわかる。
 今から外の森に逃げ込んだとしても、爆発までに安全地帯まで避難するのは難しい。

 だが俺には、まだひとつだけ希望があった。

「僅かな可能性だけど、もしかしたら地上の格納庫にヘリが残っているかもしれない」

「ヘリ?」

「ああ、アンブレラの幹部用に用意されているヘリだ。誰も使ってなければまだ残っていると思う。こうなった以上、もうそれに賭けるしかないだろうな。どうせこのままじゃ死ぬんだ。やってみる価値はあるだろうよ」

 はっきり言ってヘリが残っているかは不明だ。
 既に誰かが脱出に使っている可能性だって十分にあるし、それに俺の記憶は結構前のものだから記憶通りの場所にヘリの格納庫があるかどうかさえわからない。

 しかし、それでも全員が生き残る為にはそれ以外の方法は無いのだ。
 どんな僅かな希望だろうともそれに縋る他ない。
 ならばどうするかなんて初めから決まっている。

「それで行こう。時間も無いし、すぐに出発だ。レイ、道はわかるか?」

「大体は、な」

 とりあえず地上に出て、そこからは壁を物理的にぶち破って進めば早く着ける筈だ。
 まぁ、それでも間に合うかどうかはギリギリ、だけど。

「そうね……なら私は置いて行って。足手まといを抱えていてはただでさえ低い確率がもっと低くなるでしょ」

 急にジルがそんなことを言い出した。
 俺はその発言を聞き――。

「駄目決まってんだろ」

 そう言って俺はバカな事を言い出したジルの身体を担ぎ上げる。
 彼女を見捨てるなんてあり得ない。
 俺はジルの血を飲んだあの瞬間から、必ず守り抜くと決めているからな。
 誰が何と言おうと、見捨てるつもりはなかった。

「ちょっ、急に何を……!?」

「喋っていると舌を噛むぞ。それと……それ以上暴れるなら、お前の尻に噛み付いて無理やり大人しくさせてやるからな」

「へ、変態!」

 今度は俺の背中を必死にポカポカと叩いてくるが、本調子じゃない女の力なんて少しも痛くない。
 さっきの発言は半分くらいは本気だったのでそれが彼女に伝わったのだろう。
 ただ、本当に時間が無いのでジルに拒否権など無かった。

「とりあえず、ジルはこのまま俺が運ぶ。レベッカは俺の後ろをしっかり付いて来い。クリスは……適当に付いて来い。絶対に足を止めるなよ、いいな?」

「わ、わかったわ!」

「……相変わらずブレない奴め。まぁ、俺も了解だ」

 そうしてジルを担いだ俺が先頭を走り、その後ろをレベッカ、クリスと続いて移動する。
 当然音を立てて走っていれば道中で感染者に感づかれて襲われてしまうが、その度に前を走る俺が空いている右腕や両足を駆使して瞬殺して進んだ。
 なるべくジルに負担が掛からないように走っているのでとても神経を使う。
 ただ、一体ずつであれば倒すのにそこまで苦労はしないからまだ大丈夫だ。
 流石に集団で来られると別ルートで進むしかなくなるが。

「……ねぇ、レイ」

 すると、すっかり大人しくなったジルが担がれたまま話しかけてきた。
 俺は足を止めることなく、そちらに少しだけ意識を向ける。

「どうかしたか」

「クリス達とは違って、レイとは今日初めて会ったばかりよね。なのになぜ見捨てようとしないのかしら? 普通ならこんな足手まとい、見捨てて逃げようとするものでしょう? 貴方の身体能力なら一人で逃げた方が生き延びられそうだし……」

 なんだ、何かと思えばそんなことが気になっていたのか。
 確かに襲い掛かったという負い目も多少はあるが、それだけでここまではしなかっただろう。

 言ってしまえば、俺にとってジルの血は何にも変えることの出来ない代物なのだ。
 それこそ、復讐と同じくらい大事なもの。
 そんな考えを持ってしまうほど、ジルの血を啜った時の衝撃は大きかった。
 どうやら俺は自分が思っていたよりも強欲だったようで、ジルはもちろんレベッカも手放したくはなくなっている。
 
 だから、守るのだ。

「お前の血は特別だ。今まで口にしたどんなものより美味くて、それを失うなんて考えられなくなった。だから命を掛けて守るんだ。俺にとっては十分すぎる理由だな」

「それは……喜べば良いのかしら?」

「変な奴に目を付けられたと嘆けば良いと思うぞ」

 俺がそう言うと、表情は見えなかったがジルが笑った気がした。

「……まぁ、生きて帰れたら考えてあげるわよ」

 ふむ、それは非常に楽しみだな。

 

   

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