『施設の爆発まで残り3分です。職員は直ちに避難してください。繰り返します――』
爆発まで残り3分を切ったらしい。
俺たちは走り出してから今までノンストップで来てはいるが、途中で大量の感染者と遭遇してルートを変更したりとだいぶ時間を食ってしまい、たった今ようやく地下から地上の洋館部分に出た所だった。
……ため息すら出す暇が無いくらいにギリギリだ。
「このまま格納庫がある場所まで一気に走り抜けるぞ! 心臓が破裂しようが走り続けろ!」
「はぁ、はぁ……わ、わかったわ!」
「くっ、こんな所で死と隣り合わせの全力マラソンする事になるとはな……」
後ろの二人も何とか付いてきている。
レベッカの体力が心配だったが、やはり日頃から訓練を受けているだけあって遅れることも弱音を吐く事もなく、ひたすら走り続けていた。
最悪俺が両肩に担いで走っていくつもりだったので、彼女が根性を見せてくれて助かったな。
顔色がかなり悪いから心配だが、まだ声を出せるってことはもう少しなら大丈夫だろう。
クリスの方知らん。
たぶん大丈夫なんだろう。
「ジル、お前も平気か?」
「ええ、私は大丈夫よ。ナイト様が担いでいる私を気遣ってくれているおかげで、身体への負担もほとんど無いし。後ろで走っている二人に比べたらかなり楽をしていて申し訳ないくらいよ」
「なら良い。もう少しそのまま我慢しててくれ。あとは洋館の中を突っ切れば、格納庫までたどり着けるはずだからな」
「ええ、よろしくお願いね」
「任せろ」
ジルの方も問題なさそうだ。
さっきからずっと黙り込んでいたから体勢が辛いのかとも思ったが、俺や後ろの二人への配慮だったらしい。
ここで彼女に気にするな、とは言わないでおく。
少しでも感謝の気持ちが大きい方がいずれ血を吸わせてもらう時にスムーズにいくだろうからな。
我ながら最低な考えである。
と、ここで前方に不穏な影が見えた。
それもかなりの数の影が。
「っ! まさかあれは……感染者だと!?」
チッ、ここにきて感染者の集団と出くわしてしまったようだ。
数は十人いるかいないかといったところ。
地下にあれだけ大勢居たっていうのに、まだこれだけの数の感染者が固まって残っていたのか……!
というか、ここだけで一体どれだけの人間に感染しているんだ?
まるで俺たちの進路を邪魔するような動きも気になるが――。
「どうする、また迂回して別の道を探すか!?」
……ともかく、考えるのは後だな。
「いや、もうそんな時間は無い。このまま突っ切る! 俺が無理矢理に突破するから、お前らはそのまま走り続けろ!」
正直別のルートに変更したいが、今から引き返せば確実に間に合わない。
一瞬、本当に一瞬だけクリスを囮にして感染者をやり過ごすという考えが頭に浮かんだが、流石の俺でもそれを実行するのはどうかと思ったので、ここは強行突破することにした。
「ジル、少し揺れるぞ。我慢してくれ」
「私のことは気にしなくて良いから好き戦って。……ここまで運んでくれただけでもう十分。途中で放り出されても文句はないわ」
「安心しろ。俺がジルのことを見捨てる事はない。もしも死ぬ時は、俺が血を吸って快楽に溺れたまま死なせてやるから心配する必要はないぞ」
「……急に不安になってきたんだけど?」
「聞こえないな」
おそらくジト目でも向けているであろうジルを無視し、感染者たちを突破する動きを考えながら走る速度を今よりも少し上げる。
そして、頭で考えていた動きを寸分の狂いもなく再現した。
まずは手前の一体を飛び膝蹴りで蹴り殺す。
その衝撃で後ろにいた二体を巻き込んで倒れたが、そいつらにはトドメを刺す時間もないので放置だ。
次に近寄って来ていた感染者の足首をひっ掴み、それを武器のようにして振り回す。
グチャ、グチャ、グチャ、と不快な音が三回ほど続き、武器としての役割を果たした右手の粗大ゴミを残った感染者の方に向けて放り投げる。
これでオールクリアだ。
エネルギーの消耗が感覚的にわかるほど燃費の悪い動きをしたが、あれ以上の手段は無かったので仕方ないだろう。
安堵する暇もなく、俺たちはそのまま止まることなく走り続けて出口の扉を文字通り蹴破り外へと出た。
「……相変わらずとんでもない動きね。それを私を担ぎながらやっているんだから、いかに人間離れした動きなのかよくわかるわ」
「お褒めに預かり光栄だ」
何はともあれ、これで地獄みたいな洋館からようやく外に出ることが出来た、か。
外はどうやら朝になっているようで、久しくまともに浴びていなかった太陽の光が全身に降り注いだ。
暖かい日差しに思わず涙が出そうになるが、感傷に浸るのは後回しにして目的の格納庫を探す為に周囲を見渡す。
「あそこだ! あの中にヘリがある!」
誰にも取られていなければ、だけどな。
外までは感染者は居ないようで、俺たちは一直線に格納庫へと向かった。
鋼鉄でできた大きなスライドドアをこじ開け、ちゃんと残ってくれよと思いながらその中を覗き込む。
そこには――。
「おいおい……これは一体誰の仕業だ?」
破壊されたヘリの残骸が転がっていたのだった。