破壊されたヘリ……これは明らかに人の手によって壊されている。
そう、人の手だ。
ブレードは真ん中辺りでへし折られたみたいに不自然な形でバラバラになっており、機体本体には誰が見ても明らかなほど殴り付けた跡がはっきりと残っている。
終いにはご丁寧にエンジンを本体から引きずり出されているという念の入れようだった。
これはもう確定だろう。
間違いなく俺たちを生かして返さないつもりの敵が近くに隠れてやがる。
それも、俺やタイラント並みの身体能力を有しながら、ある程度の知能もあるバケモノが敵方にいると見て良い。
クソッ……俺以外にも似たような実験を受けていた奴がいたのか?
もしくはアンブレラの研究とやらが想像以上に進んでいて、タイラントに知性を持たせることに成功していたとか。
決してあり得ない話じゃない。
研究室で遭遇したタイラントは、確か試作として造られたプロトタイプだという話を聞いた覚えがある。
そこから研究が進んで知能があるタイラントが誕生していたとしても、そうおかしな話ではないのだ。
……いや、そんなことを考えたところで意味はないか。
もう爆発まで時間が無いのだから。
今から俺がジルたちを見捨てて全力で森へ逃げ込んだところで、慣れない森の中をまともに走り抜けられはしないだろう。
もっとも、そんな事をするつもりは無いがな。
アンブレラに必ず復讐してやると心に決めていたのに、あまりにもジルの血が魅力的すぎて判断を誤ってしまったようだ。
なんとも間の抜けた阿呆だが、こうどうしようもない状態まで追い詰められてみると、身体の力が抜けて虚無感のような感情が支配する。
後悔は……まぁ、ちょっとだけあるかもしれない。
だが、数人の研究員とアルバート・ウェスカーを殺し、そして母の最期を看取ることが出来ただけ良しとするしかないだろう。
「レ、レイ……」
「大丈夫?」
後ろからジルとレベッカに声を掛けられるが、俺は振り返ることが出来なかった。
あれだけ守ってやるなどと偉そうなことを言っておいて、結局最後は力及ばず何も出来ないなど、自分が情けなくて二人に合わせる顔がなかったのだ。
「見ての通りだ。最後の頼みの綱だったヘリは破壊されている。……すまん。もう俺にはどうすることも――」
できそうにない、そう言い切る前に、クリスの腰にあったトランシーバーからノイズ混じりの音が聞こえてきた。
『……ぃ……ぉい……き……おい……聞こえて……ら返事をしろ!』
ノイズが酷くて最初は全く聞き取れなかったが、それが徐々にクリアになっていき、言葉がしっかりと聞き取れる程度には改善した。
そして、クリスは慌ててそれを取って返事を返す。
「こ、こちらクリス! 救援のへりは今どこだ!?」
『ようやく繋がったか! こっちは今、連絡のあった洋館の真上に到着したところだ。お前たちの姿が見えないから上空で待機している。それで、俺はどこに行けば良いんだ?』
「ああ、よかった! 俺たちはデカい格納庫の中に居る。その前なら着陸も出来るだろうから早く来てくれ! もう爆発まで時間がない!」
耳をすませば微かに聞こえてくるプロペラ音。
どうやら嘘でも冗談でもないらしい。
想定よりみ到着時間が早まったようで、施設の爆発までに間に合ったようだ。
……本当に助かるのか?
『ば、爆発!? おいおい、一体どうなってんだよ?』
「いいから早く来てくれ! 説明なら後でいくらでもしてやるから!」
『わ、わかったよ。もうそっちに向かっているから、そう喚くな」
ノイズが混じったその音は普通なら不快に思う筈なのに、今はどんな歌よりも最高の音色のように感じられた。
「レイ、どうやら私たち助かるみたいよ?」
「あ、あぁ。そうみたいだな」
笑いかけてくるジルに、俺は気の抜けた返事しか返せなかった。
一度は諦めてしまったが、まだ助かる道があるならそれを捨てる理由はない。
崩れ落ちそうだった膝に力を入れ直して後ろに振り返る。
これはまぁ、クリスのおかげ、だな。
この男には大きな借りが出来てしまったようだ。
今回の事は胸に刻み、いずれ必ず返してやるとしよう。
「さぁ急ぐぞ! こんな所からはこれで本当におさらばだ。どうだレイ、少しは俺も役に立つだろう?」
「……わかっている。別に俺はお前を役立たずだとは思っていない。それと、まぁ、ありがとう」
「ははっ、ずいぶん素直じゃないか。これは帰りのヘリの中で存分に続きを聞かせてもらう必要があるな?」
クリスだけじゃなく、残りの二人も何故か俺を見て笑ってきやがる。
全くもって不愉快ではあるが、今の俺には抗議する言葉を持ち合わせていなかった。
「――それは困るな。君たちにはここで死んでもらう必要があるのだから」
しかし、そんな声と共にパァンッ、と一発の乾いた銃声が響く。
軍服のようなコートを身にまとった壮年の男が現れ、格納庫の上段部分から見下すようこちらを見ていた。
俺はその男を視界に捉えた瞬間、言い様のない嫌悪感が全身を駆け巡っていた。