「……アンタは一体何者だ?」
「フッ、愚問だな。この場に姿を現していると考えれば想像するのは難しくないだろうに。しかしまぁ、名も知らぬ相手に殺されるのも嫌かろう。私はアンブレラの親衛隊長を務めているセルゲイだ。大佐と呼ばれている。これで満足かな、レイ・トレヴァー君?」
「っ!」
ギリっと奥歯を噛み締める。
怒りを……殺意を抑えろ。
この男は、駄目だ。
コイツはたぶん俺と同じように何らかのウィルスに適合したバケモノだと思われる。
少なくとも今戦っても十中八九勝てないし、まともに相手をした時点で決着が付く前に爆発に巻き込まれて確実に死ぬ。
やっと生き延びられる可能性が出てきたのに、戦う前から死ぬ事が確定している戦闘を始めるほど馬鹿ではない。
冷静さを失うな。
――例え相手が復讐対象だとしても、だ。
この男は濃密な死の気配を漂わせており、幾度となく修羅場を経験しているであろうことが見て取れた。
親衛隊長というのも嘘ではないのだろう。
しかし、それだけではない。
俺の本能がさっきからガンガン警鐘を鳴らしているのだ。
早く逃げろ、と。
まるで死神の大鎌を首に添えられているような気分になっていた。
「俺たちはさっさとここから逃げるとする。アンタも死にたくなければ、早くここを離れた方が良いぞ?」
「ご心配無用だ。私も掃除を済ませてから急いで避難するからね」
セルゲイはブーメランのようなナイフを手で弄びながらそう言った。
当然だが俺たちを逃すつもりは無い、か。
コイツとはまたいずれ戦い、殺す。
だからやり合うのは今じゃない。
「クリス、レベッカ、合図したら外に向かって全力で走れ。俺がジルを担いでいくから、すぐそこまで来ているヘリに飛び乗ってすぐに離脱するぞ」
「あの男はどうする?」
「放っておけ。まともにやり合うだけ無駄だ。だがいずれ必ず……。今はここから逃げる事だけを考えろ」
すると、クリスは腰にあった缶のような物を押し付けてきた。
「ならこれを使え。スタングレネードだ。虎の子の最後のひとつだが、少しくらいは目くらましになるだろう」
スタングレネード、確か激しい音と光で相手から視覚や聴覚を一時的に奪う武器だったか。
散々使われた記憶はあるけど、これを自分で使うのは初めてだ。
「お仲間との相談は終わったのかね?」
「なんだ、わざわざ待っててくれたのか。見た目よりも優しいじゃないか」
「口の減らん小僧だ。しかも手にそんな物を持って、まさか私に勝つつもりでいる訳ではあるまい? バケモノらしく他の人間を殺せば、お前は生かしてやってもいいぞ。無論、これまで通りアンブレラの実験体としてだがね」
「アンタみたいな屑野郎に言われると泣きたくなる」
「フフフ、口だけは達者だ。これは少し、躾が必要なようだ」
セルゲイの瞳が赤く光る。
向こうは殺す気満々ってとこか。
ここで戦っても仲良く死ぬだけだってのに、なんて物分かりの悪い奴だ。
それとも爆発から生き残る手段を何か持っているのか?
「ペチャクチャうるせぇ。一人で勝手に死んでろよ薄らハゲ」
俺はピンを引き抜いたスタングレネードをセルゲイに向かって投擲した。
「出口に向かって走れ!」
俺たちが走り出すと後ろから強烈な音と光が発生いたが、距離が離れているだけあってそこまでダメージは無かった。
「なんだ、戦うつもりではなかったのかね。私はてっきり復讐でもするつもりだと思っていたのだが」
スタングレネードを間近で食らっておいて、聞こえてくる奴の声には全くダメージを負っているように感じない。
俺でも数秒は動けなくなるんだぞ?
あいつは一体どんなウィルスを身体に飼ってやがるんだ。
「私が君たちを逃すと思うのかね?」
あの男が追いかけて来ている。
どんな速度なのかはわからないが、このままでは確実に追いつかれると直感した。
「チッ、クリス! 受け止めろ!」
「えっ、ちょっ――きゃあああぁぁ!!」
ジルの身体が宙を舞う。
そしてクリスがジルをしっかりとキャッチしたのを確認し、俺は追撃してきているセルゲイを迎え撃つ為、身体を反転させて奴を視界に収めた。
銀の長髪を靡かせ、狩人のような……いや、そんな上等なものじゃない。
あの男は飢えた獣そのものだ。
どんな相手にでも喰らい付き、その喉元を喰い千切るまで止まらない暴力の塊。
今まで会ったどんな奴よりも生物としての格が上のように感じる。
これは――恐怖。
タイラントを前にしても何とも思わなかった俺が、たった一人を前にして震えていた。
「それは自己犠牲というやつか? バケモノが人間に情を抱くなど、実に滑稽な姿だとは思わないかね?」
ともかく、これが初めての感覚であることは間違いない。