とあるウィルスの適合者24

「もう一度だけ言おう、レイ・トレヴァー。あの人間達を殺せ。そうすればお前を生かしてやる。生きてさえいれば、アンブレラへの復讐を果たす事も出来るやもしれんぞ?」

「フンッ、そうかい。ならアンタも一度体験してみると良い。家畜ってやつの惨めさを。頭がおかしくなるくらいの憎悪を募らせていく日々が、アンタにわかるか? セルゲイ、俺は冗談でもアンブレラにだけは屈したりしない。必ずここから生き延び、そして――アンブレラのクズ共を一人残らず殺してやるのさ」

 俺はそう言って身体に流れる『B-ウィルス』を意識的に活性化させた。
 すると視界に映る映像がゆっくりになり、スローモーションの世界へと一瞬で変貌を遂げる。
 同時に内側から湧いてくる全能感。
 呑まれるほどではないが、それでも気を抜けば自我を失ってしまいそうになるほどの力の奔流だ。
 それらを全て、アンブレラへの怒りと憎悪で押さえつけた。

「中々に心地良い殺意だな。かつての私の部下にも、貴様ほど濃厚な死の気配を感じさせる者はいなかった。あぁ、楽しみだ。レイ・トレヴァー、お前は一体どれほどの痛みを私に与えてくれるのだ?」

「っ!?」

 戦いは急に始まった。

「どうした、さっきまでの威勢はどこへ行った?」

 嘲笑と言うべき侮りの表情を浮かべ、セルゲイは人外の速度で拳や蹴りを次々と放ってきている。
 しかも俺が使っているような我流の動きではなく、合理的に人間を破壊する為に研鑽され続けてきたであろう格闘術を惜しげもなくぶつけてきているのだ。
 正直防ぐだけで手一杯だった。

 というか、ウィルスを活性化させた今の状態でも動きが早すぎて目で追うのがやっとである。
 ちょっとでも反撃しようと隙を見せれば、その瞬間自分の首が胴体から切り離されるビジョンが見えてしまい、迂闊に動くことさえできない。

「くっ、イカレ野郎が……!」

 今はとにかく、奴の気を逸らせればそれでいい。
 倒す必要はないんだ。
 たった数十秒の時間を稼げば俺の勝ち。
 そう自分に言い聞かせ、セルゲイの猛攻を辛うじてガードしながらジッと耐えていた。

「フフッ、奴らの為に時間を稼いでいるつもりかね。やはり、貴様はまだ子供だな」

「……あぁ?」

「連中はきっと貴様を見捨てて逃げるだろう。バケモノよりも自分達の命の方が大切なのだから。にもかかわらず、お前はここで必死で戦っているとは実に滑稽。もう少し自分がバケモノだと自覚した方が良いぞ?」

 チッ、いちいち言う事がイラつく野郎だ。
 コイツが俺を動揺させようとしているのはわかっている。
 だが、こうも一方的に嬲られていれば流石に反応くらいはしてしまう。

「ハッ、猿山の大将が何を言ってやがる。テメェだって同じようなバケモンじゃねぇか」

「だからだよ。同じバケモノだからこそ、貴様の行き着く末が見えるのだ。きっとお前は孤独に朽ちていき、憐れな最期を迎えるだろう。私にはその光景が鮮明に浮かんでくる」

「ご忠告どうも」

 出来るだけ表情には出さず、全身が軋むような痛みを噛み殺す。

 あぁクソ、殺し合いを始めて何秒たった?
 この短時間で気力がガリガリと削られてしまい、ついさっきまでジルを担ぎながら感染者の群れと戦っていた俺のエネルギーはそろそろ限界が近い。
 このままでは逃げるどころか押し切られてしまうのもそう遠くないだろう。

 ……仕方ない。
 一か八か、賭けに出てみるか。

「もう大人しく諦めたらどうだ? どの道、このままでは犬死するだけだぞ?」

「うるせぇ。だったらまずは、テメェをぶっ殺してやる」

 俺はダメージ覚悟でセルゲイに飛び掛った。
 しかし――。

「うぐっ!」

 いとも簡単に振り解かれ、腹に膝蹴り食らって蹲ってしまう。
 まるでハンマーで殴られたような鈍く響いてくる衝撃が襲い、何本かの骨が折れた音が聞こえた。
 それでも奴の暴力は止まらない。
 セルゲイは地面に這いつくばる俺を容赦なく玩具のように蹴り飛ばし、俺の身体は何度もバウンドしながら転がっていった。

「つまらんな。今のは最後の悪足掻きというやつか?」

「ははっ……それは、どうだろうな?」

 お前が悪足掻きと切り捨てるこの行動が本当に無意味なものだったのか、それはすぐにわかるだろうさ。
 俺の言葉に僅かに眉を反応させ、セルゲイは自分の腕に小さな引っ掻き傷を見つける。
 そして、そこから流れる血をペロリと舐めた。

「ふむ、もしやお前はこの小さな傷の事を言っているのか? この程度の傷、数秒あればすぐに……っ!?」

 余裕の笑みを浮かべていたセルゲイはようやくその涼しげな顔を歪めて膝をつく。

「レイ・トレヴァー……! 貴様一体、私に何をしたぁ!」

「くはは! やっとマシな顔になったじゃないか。さっきまでのスカした態度より、今の方がよほど愛着が湧いてくるぞ?」

 俺がやったのはただ、自分の血を奴の体内に送り込んでやっただけ。
 母を倒した時と同じことをした。
 効果があるのかはわからなかったし、ほんの僅かな量しか送り込めなかったから不安だったが、セルゲイの状態を見る限りちゃんと成功したようだ。
 これで形勢逆転。

「さぁ、第二ラウンドを始めようか」

「――調子に乗るなよクソガキがぁああ!!」

 

   

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