藤色の若き虎34

 直径およそ50メートル、深さは10メートルほどの大きな穴。
 そこに飛び込んだツバキだったが、周囲に散らばっていたスライムが先ほどの反撃とばかりに殺到してきた。
 斬り落としながら迎撃するものの、いくら斬ったところで大したダメージを与えている様子はなく、数秒で分裂したスライム同士が合体してしまうので実質無傷のようにさえ感じる。

 やはり斬るだけではこのスライムを倒し切ることは難しそうだ。
 このまま地中に埋めてしまうというのも一つの手ではあるが、それで死滅するという保証も無いので迂闊な真似は出来そうにない。

 ならば、と。
 ツバキは特大の一撃をお見舞いすることに決めた。
 身体の重心を低くし、悪魔の実の力を逆手に構えた抜き身の刀へとこれでもかと込めていくと、黒紫色の禍々しいオーラが右腕を中心に迸る。

「──重力刀・猛虎」

 前方に向かって刀を振るい、強力な重力場を形成しながら散らばっていたスライムを根こそぎ薙ぎ払った。
 空間が捻れるような錯覚が見えるほどの圧力。
 爆発に似た衝撃が生み出され、スライムとの距離が大幅に開いた。
 下方向に重力を掛ける『地獄旅』とは違いこの技は前方向へ影響を与えるものであり、いくら物理攻撃に強いスライムであっても吹き飛ばすくらいの効果はあったようだ。

 しかし、それでも殺し切るには至らなかったらしい。
 スライムの巨大な体をいくらか分裂させる事には成功したが、すぐにそれぞれが合体しあって一つの個体へと戻ってしまいつつある。
 この回復力は脅威だ。
 極端な話、このまま倒せないとなれば永遠にこのスライムの相手をしなければならなくなる。

「……これでもダメとなると、後はもうアレを使うしかないか」

 無論、いつまでもこんな場所にいる訳にはいかないのでツバキは次なる手札を切ることにした。
 刀を納めて見聞色の覇気を限定的に大気圏の外側まで広げていく。
 青い空の向こうには広大な宇宙が広がっており、そこには大小様々な漂流物が宇宙空間を漂っているのだが、覇気を頼りに手頃な大きさの漂流物を探し出す。
 そして、悪魔の実の能力を使ってそれを地上へ向けて手繰り寄せていった。

 遥か天の上から墜ちてくるのは──隕石。

 ズシズシの実の重力を操る力と、ツバキの常軌を逸した見聞色の力量によって、人の手が届かない領域から破壊の化身が呼び起こされる。
 それはまるで神の怒りを象徴するかのような破壊をもたらし、地上の生き物を死滅させる可能性すらある危険なものだ。
 一歩間違えれば島どころか世界全体を滅ぼしてしまうだろう。

 そんな危険な隕石だが、ツバキは落下速度を調節して過剰な威力を削ぎ落としながらスライムへと向かわせた。

「──墜ちろ」

 そうして絶望的な破壊力を持った一撃がスライムに直撃する。
 島を揺るがすほどの衝撃が起こり、大穴の内側にいくつもの亀裂走った。
 周囲への影響を出来る限り抑えようとしたが、それでも外側にまで衝撃は伝わってしまっただろう。
 もしかするとスモーカー達がいる場所まで届いているかもしれない。

「ふぅ、威力を調節するのってやっぱり疲れるねェ。全力を出すってのは結構楽なんだが……」

 中心部にいたツバキは当然ながら無事である。
 自分の力でダメージを受けるなどあり得ないし、元より威力を抑えようとしていたのだから直撃でもしない限り問題は無かった。
 その後、着物に付いた埃を払いながらスライムがどうなったのか確認をしていく。

「木っ端微塵だな。欠片も残っちゃいねェや」

 万が一少しでも生き残っていればもう二、三発追加で隕石を叩き込むつもりだったが、あの威力の前には流石のスライムも回復が追い付かなかったらしかった。

 

   

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