ブラック家の復讐者10

 ある日、オリオンはダンブルドアからの呼び出しを受けていた。
 何でも重大な話があるようで、直接自分の口で伝えたいから校長室まで来て欲しいのだという。

 伝えたいことがあるのなら自分から出向いてこいと思わないでもないオリオンだったが、今の彼は一応ダンブルドアに雇われている立場だ。
 なので余程の理由がない限りその呼び出しに応じざるを得ない。

 現在のオリオンとダンブルドアの関係は互いに利用し合っているだけのものであり、間違っても信頼関係を築いているわけではなかった。
 故に格下の魔法使いに見下されているようで癪に触るのだ。

 精霊界と呼ばれている世界を生き抜いたオリオンと、人間の世界しか知らないダンブルドア。その両者には隔絶された実力差が存在している。
 もしもその二人が敵対するようなことがあれば、勝負は一瞬のうちに決まるだろう。

 もちろん、オリオン・ブラックの勝利によって。

 ただ、オリオンとしても無闇矢鱈に敵を作るつもりはないので、それを表情には出さずに大人しく従うことにしている。
 あまり大きすぎる力を持っていると世間に知られたくはないからだ。

「ではミスター・ブラック、校長室に案内しますのでついて来てください」

「はい、マクゴナガル先生。よろしくお願いします」

 校長室に入るには定期的に変わる合言葉が必要なようで、それを知っているマクゴナガルが案内してくれるらしい。
 昼食を食べ終わった頃にオリオンの自室を訪ねてきた。

 ダンブルドアと比べてこのマクゴナガルという人物は、オリオンの中でそこそこ信頼できるという位置付けがされている。
 おそらく初めて会ったときの印象がとても良かったことが原因だろう。

 オリオンは悪意や害意という視線に非常に敏感だ。
 しかし、そんな彼がマクゴナガルと初めて会った時、彼女からそういった感情は一切感じ取ることができなかったのである。

 そしてそれは、オリオンが好感を抱く理由には十分だった。

「何か重要な話があるそうですが、マクゴナガル先生はダンブルドア校長から何か聞いていますか?」

「ええ、聞いていますよ。……ただ、この件に関してはかなり機密度が高い問題です。私の口からではなく、ダンブルドア校長から直接聞くべきでしょう」

 オリオンはどういった要件なのか尋ねてみたが、マクゴナガルは口が堅いようでそれに関して話すことはなかった。
 だが、彼女はすぐに別の話題を口にする。

「それよりもミスター・ブラック、最近は個別でミス・グレンジャーに授業を行なっているようですね? 彼女の知識や魔法の腕は既に一年生の域を超えています。貴方には教師の素質があるのではないですか?」

 そう聞いてくるマクゴナガルはどこか嬉しそうな様子だった。

 ニコニコと優しい微笑みを浮かべる彼女の様子に首を傾げながらも、オリオンは口を開く。

「確かにハーマイオニーには色々と教えてはいますが、それは彼女が元々優秀だからですよ。別に私の才能ではありません」

 オリオンのその言葉は、謙遜ではなく本心からの言葉だった。
 ハーマイオニーに色々と授業を行なってはいるが、例えそれがなくとも彼女は一際優秀な生徒だっただろう。
 あくまでオリオンには、彼女にとって手助け程度しかしていないという認識があるのだ。
 彼女の努力を自分の功績のように語るのは、オリオンの趣味ではない。

「そのミス・グレンジャーが嬉しそうに貴方を褒めていましたよ。貴方こそが最強の魔法使いで最高の教師だと。……本職の教師である私としては複雑な気持ちですけどね」

 物事を教える上手さであれば、間違いなくオリオンよりもマクゴナガルの方が上だ。
 ただ、杖なしの魔法や教科書に載っていない魔法を使って見せたことで、ハーマイオニーの中で大幅に補正が掛かっているのだろう。

(そうでなければ、本職の教師よりも教えるのが上手いと思う筈がないからね)

 実際のところは唯一オリオンから授業を受けているハーマイオニーにしか分からないので、彼が教師としてどの程度の才能があるかは不明だ。

 もっとも、今のところオリオンにはハーマイオニー以外に魔法を教えるつもりは無い。
 なので例え才能があったとしても、それが発揮される可能性は限りなくゼロに近かった。

 そんな会話をしつつ、ホグワーツの三階にまでやってきた。

「ショック・オー・チョコ」

 マクゴナガルがガーゴイルの石像に向かってそう呟いた。

 すると、その石像がまるで生き物のようにピョンと横に跳び、背後にあった壁が左右に割れていく。
 壁があった先には螺旋階段があり、そこにも何らかの魔法的な仕掛けが施されているのがわかった。

 たが、オリオンが一番気になったのはそこではない。

「……ショック・オー・チョコ? お菓子の名前ですか? それとも何かの隠語?」

「ただのお菓子の名前で、これに意味なんてありません。定期的にダンブルドア校長がお好きなお菓子の名前に合言葉が変更されるだけなのですから」

「好きなお菓子、ですか。ショック・オー・チョコなんてモノを好きと言い張るダンブルドア校長とは、仲良くできないかもしれません」

 ちなみにショック・オー・チョコとは魔法界のお菓子で、見た目や味はほとんどクランキーチョコレートと同じである。
 唯一違うのは後から強烈な辛さが舌を襲い、辛い食べ物が苦手な人が食べると泣き出すこともあるというお菓子だ。

 ごく一部には熱烈な愛好者がいるのだが、ほとんどの人からはイタズラ目的で使用されるお菓子という認識をされている。
 いわゆるゲテモノ枠とされているお菓子のひとつであり、オリオンが苦手にしている食べ物だった。

「フフ、私もあのお菓子は好きになれませんが、いくら何でもそれだけで決めつけるのは早計でしょうに」

 オリオンは割と本気で言ったつもりだったのだが、真面目なマクゴナガルはそれを冗談と受け取ったようだ。
 そのまま深く突っ込むことなく螺旋階段へと進んでしまった。

 少し急いでオリオンも螺旋階段の上に立つと、『ゴゴゴォォ……!』と響く音を立てて自動で上に上がっていく。

「やぁ、オリオン。わざわざ来てもらってスマンかったの。ミネルバもご苦労じゃった」

 螺旋階段で上がった先には、当然ダンブルドアの姿があったのだった。

 

   

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