ブラック家の復讐者11

「やぁ、オリオン。わざわざ来てもらってスマンかったの。ミネルバもご苦労じゃった」

 そう言って温和な笑みを浮かべる老人――アルバス・ダンブルドアは、校長室に入室したオリオンとマクゴナガルの二人を労った。

 彼の姿は好々爺と呼ぶに相応しい如何にも善良そうな老人なのだが、心の内に飼っているのはそんな生易しいものではないとオリオンは知っている。
 善か悪かで言えば、間違いなく善なる魔法使いに分類されるだろう。彼の世間からの評価を見ればそれは明らかだ。

 ただ、それでもオリオンはこの老人があまり好きにはなれなかった。

「ダンブルドア校長、ご指示通りミスター・ブラックを連れてきましたが……本当に彼を巻き込んでも宜しいのですか?」

「ミネルバよ、これはもはやホグワーツだけの問題ではない。下手をすれば魔法界全体の問題へと発展しかねないほど重要なことなのじゃ。そんな時に、彼ほどの魔法使いを遊ばせておく余裕は無いんじゃよ」

 どうやらオリオンが思っていたよりもずっと大きな問題があるらしく、そう説明するダンブルドアの表情はいつもより余裕が無かった。
 世界一の魔法使いと呼ばれている彼がそれほど追い詰められるほど、事態は切迫しているのかもしれない。

 マクゴナガルもそんなダンブルドアの様子に何か思う所があったのか、それっきり口を閉ざしてしまった。
 そしてダンブルドアはオリオンに視線を向け、ゆったりとした口調で語り始める。

「オリオン、今日君を呼んだのは一つ頼みたい事があるんじゃ」

「頼みたい事、ですか?」

「うむ、君はグリンゴッツ銀行に盗人が侵入したという話を耳にしたかの?」

 グリンゴッツ銀行というのは、魔法界にある唯一の銀行にして世界で最も信頼できる金庫を有している銀行だ。
 小鬼が経営しており、マグルの通貨と魔法界の通貨を両替することもでき、オリオン自身も何度か利用している。

 もっとも、あくまでオリオンは通貨を両替できる銀行として利用しているだけで、見ず知らずの他人に自分の資産を預けるような真似はしていないのだが。

 そして、そんな銀行に盗人が入り込んだと、数日前の新聞で騒がれていたのをオリオンは朧げにだが覚えていた。

「ええ、まあ。聞いたと言っても新聞で見ただけなので、詳しいことは何も知りませんけど。開けられた金庫の中身は事前に持ち出されていた、私が知っているのはその程度ですね」

「そうか……実はの、その金庫の中身というのは『賢者の石』なのじゃ」

 賢者の石、その言葉がダンブルドアの口から飛び出した時、今まで薄い反応しか返していなかったオリオンの眉がピクリと反応した。

「賢者の石。使えば永遠の命とか、黄金を生み出すとかいう錬金術の最終到達地点ですよね?」

「ああ、その通りじゃ。それをグリンゴッツ銀行に預けておいたのじゃが、賢者の石を狙う盗人がいるという情報を掴み、儂の指示で事前に移動させておいたのじゃよ」

 実はオリオンも過去に賢者の石の作成を試みたことがある。
 いくつか試作品を作るまでに至っていたのだが、途中で賢者の石に対する熱意を失ってしまい……要するに飽きてしまった為、その研究を凍結してしまったという背景があった。

 完成させるにはある程度の時間が掛かってしまうということも、研究を中断した理由の一つである。

 それを他の誰かが既に完成させていると聞き、少しだけその人物に興味が湧いた。

(いや、待てよ? 賢者の石を完成させた錬金術師がいるっていう記述を何かの書物で見た気がするな。確か名前は……ニコラス・フラメルだったかな? まさか本当に完成させていたとはね)

 以前読んだ書物の内容を思い出し、オリオンは一人で納得していた。

「さて、ここからが君をここへ呼んだ本題なんじゃが……オリオン、君にも儂らと共に賢者の石を守って欲しい――ヴォルデモートの手から」

 その瞬間、室内に魔力の嵐が吹き荒れた。
 この場にいるダンブルドアとマクゴナガルの二人が、目を見開いて驚愕するほどに激しい魔力の暴力。
 ある程度熟達した魔法使いでなければ、この空間で立っている事さえままならないかもしれない。

 そんな状態を作り出した張本人であるオリオンは、その相貌をダンブルドアに向ける。

「ヴォルデモートが賢者の石を狙っている、か。それは確かな情報なのですか?」

 オリオンに対して、ヴォルデモートに関する冗談はまったく通じない。
 言葉遣いこそ丁寧ではあったが、その瞳は決して嘘は許さないとばかりに細められ、ダンブルドアはドラゴンに睨まれているような感覚に陥った。

「も、もちろん事実じゃとも。これに関しては信じてくれとしか言えんが」

 オリオンが放つ威圧に気圧されながらも、ダンブルドアはそう答えた。

 未だに何かを隠している様子のダンブルドアに、オリオンは煮え切らないものを感じるが、それについては今更ではあるので気にしないことにする。
 彼がここで嘘をつく理由など無いので、おそらくヴォルデモートが賢者の石を狙っているというのは事実なのだろう。

(賢者の石を狙っているということは、今は不完全な状態で生き永らえている状態なのか? クックック、負け犬には相応しい姿じゃないか)

 自分の復讐対象が哀れな姿で燻っている状態を想像し、オリオンはその端正な顔を邪悪に歪ませた。

 もしも今の彼の姿をハーマイオニーが見れば、温厚で優しいオリオン・ブラックしか知らない彼女は誰か分からないかもしれない。
 今の彼の顔はそれほど邪悪な笑みを浮かべている。

 そしてそれを正面から捉えているダンブルドアは、初めてオリオンの本性を垣間見て冷や汗を流した。
 人とは違う道を歩んできたので心に何か抱えているとは思っていたが、まさかそれがこれほど邪悪なものとは思っていなかったのだろう。

 一方で、後ろに控えているマクゴナガルはオリオンの様子がおかしいと心配している。
 彼女の位置からでは表情が伺えなかったのだ。
 ただ、その光景を目にしなかったことはオリオンを気に入っている彼女にとって幸運だったのは間違いない。

 そんな二人の反応を気にすることもなく、オリオンは口を開く。

「私が貴方から受けたこの仕事は、ホグワーツとホグワーツに通う生徒を守ることです。もしもこの学校に賢者の石を持ち込んだのなら、それも私の警護対象なります。むしろヴォルデモートがそれを狙ってやってくるというのなら、私にとっても都合が良い。――共通の敵を討ち倒すために協力しましょう?」

 そう言ってオリオンは、嗤いながらダンブルドアに手を差し出すのだった。

 

   

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