「ねぇオリオン、こっちの魔法はどういうものなの?」
「あぁ、それは――」
同じ机で肩を寄せ合い、仲睦まじく授業を行なっているオリオンとハーマイオニー。
そして時折紅茶とお菓子を持ってくるクリーチャーが、そんな二人に生暖かい視線を送るというのが最近の彼らの日常である。
ハーマイオニーがホグワーツに入学し、そろそろ1ヶ月が経とうとしているが、今では両親がマグルだとは思えないほど魔法の扱いが上達していた。
なんでも、1年生の中ではダントツの成績を収めているらしい。
それは彼女が誰よりも努力した結果であり、こうして魔法を教えているオリオンからしても、まるで自分のことのように喜ばしいことだった。
ただ、ひとつだけ気がかりなことを挙げるとするならば、ハーマイオニーには同学年の友人があまりいないことだろう。
度々授業でグリフィンドールに加点をもたらしているため年上からの印象は良いが、その分それが気に入らない同級生とは少しだけ軋轢のようなものがあるようだ。
まともに話せるのは、例の『生き残った男の子』であるハリー・ポッターとロン・ウィーズリーという少年の二人だけらしい。
(心配ではあるけれど、友人についてのアドバイスなんて俺には無理だしなぁ。せいぜい、一緒に悩むくらいしかできないだろうね)
3年生の教科書を持ちながら『うぅ~』と唸って格闘するハーマイオニーを見て、オリオンはそんなことを考えていた。
しかし、大して友人と呼べるような人物が周りにいないオリオンでは有効的な解決策など出るはずなく、結局現状維持のままどうすることも出来ないのである。
「ここの部分、本当に分かりにくいわね! きっとこの教科書を作った人は性格が捻じ曲がっているんだわ!」
自分の力だけで理解しようとしていたハーマイオニーだったが、流石に二つも学年が上の内容は難しいようで、教科書の筆者に対して罵倒混じりにそんな声を上げた。
「魔法使いなんて皆んな性格は悪いもんだよ。むしろ内面が崩壊している者ほど、優秀な魔法使いである傾向が強い」
「じゃあオリオンはどうなの?」
「……あー、俺も結構性格は悪い方かな? ハーマイオニーには嫌われたくないから、そういった面を見せていないだけだよ」
オリオンは誤魔化すようにそう言った。
復讐を計画している自分が真っ当な人間であるとは思っていなかったが、それを正直に言えばハーマイオニーに嫌われてしまうかもしれない。
彼女との時間は非常に楽しいものであり、それを失うのは少しだけ怖かったのである。
しかし、例え彼女にやめろと言われても、オリオンは復讐をやめることは無いだろう。
もはやこれを成し遂げなければ前に進むことは出来ないのだから。
「ふーん、でも安心して! オリオンの性格がどれだけ悪くても、私は貴方の友達だから嫌いになったりしないわ」
穢れひとつ無い綺麗な瞳がオリオンに優しく向けられる。
それはかつての母の眼差しによく似ており、ハーマイオニーの姿が一瞬だけ母の姿と重なった。
もう失ってしまったかつての温もりを、何故かハーマイオニーから久しぶりに感じた気がしたのである。
母以外から感じたのはこれで2人目だった。
「フフ、ありがとう。俺もハーマイオニーがどれだけ酷い悪女になろうとも嫌いになったりしないよ」
動揺した心を彼女に悟られるのが気恥ずかしく、オリオンはそう言っておどけて見せる。
「……私はそんな酷い女になるつもりは無いわよ」
「知ってるよ。ハーマイオニーがそんな子じゃないっていうのは」
だからこそ自分の汚い部分を彼女には見せたくない、喉まで出かかったそんな言葉を何とか飲み込んだ。
するとハーマイオニーは『なら良いわ』と言って、再び教科書と睨めっこを開始する。
……これで良い。わざわざ今の心地良い関係を壊す必要など無いのだから。
そしてそんな時間がしばらく続くと、ハーマイオニーがいきなり教科書を閉じて机に突っ伏した。
どうやら今日は敢えなくギブアップしてしまったらしい。
飛び抜けて理解力が高い彼女が、こうして項垂れる姿は非常にレアである。
「教えてあげようか?」
「うーん、遠慮しておくわ。何でもかんでもオリオンを頼っていては、流石に貴方の友達として情けないもの。たまには自分で考えてみるわね。これは今日の宿題よ」
ハーマイオニーはそう言ってオリオンからの提案を断り、まるで親の仇を見るような目付きで教科書を睨みつけた。
この調子なら、本当に明日には片付いているのだろう。
もちろん、オリオンはハーマイオニーに勉強を教えることを面倒だと思ったことは一度も無い。
むしろスポンジのように知識を吸い込んでいくので楽しいくらいだ。
しかし、自分で考えるという彼女の自主性は素晴らしいので好きにさせることにしている。
どうしても行き詰まっているようならそれとなくヒントを出すつもりだが、頭の良い彼女ならおそらく自力で解決する筈だ。
「そういえばオリオンって今何歳なの? 見たところ二十歳前後って感じだけど」
教科書を乱雑に鞄へ放り込んだハーマイオニーが、突然オリオンにそんな質問をした。
「350歳」
「え!?」
「――って言ったら信じるかい?」
その言葉で嘘だと判断したハーマイオニーはジト目を向ける。
「もう、ちょっと信じちゃったじゃない! 魔法界のジョークは全部あり得そうだから分かり難いのよ!」
マグル社会の中で生まれ育ってきた彼女からすれば、魔法使いのジョークはどこまで本気なのか判別することは困難だ。
そのうえ、彼女はオリオンに絶対の信頼を置いているので、彼が何を言ってもそれを信じてしまいそうな勢いである。
「ははは、ごめんごめん。でも俺の年齢って、自分でも正確に分かっていないんだよ。かなり特殊な人生を歩んでいるからさ。だから本当に350歳っていう可能性もある」
「……冗談よね?」
「どうだろう?」
意味有りげに微笑むオリオン。
いっそのこと全て本当だと言われた方がスッキリするだろう。
「…………気になって勉強に集中できなそうなんだけど?」
「ハーマイオニーなら大丈夫さ。それに、多少ミステリアスな方が魅力的に見えるそうだからね」
「オリオンは今でも十分魅力的よ?」
「それは光栄だな。でも、できればもう少し大人になってから言ってくれ」
「ぐぬぬ……」
少し恥ずかしい褒め言葉を口にするも、それを余裕の笑みで回避されたハーマイオニー。
羞恥心で若干いつもより頰を赤く染めている。
そしてそんな取り付く島もないオリオンを悔しげに見つめるのだった。
(私に魅力が無いなんてことは分かっているけど、ちょっとくらい照れてくれても良いじゃない……)
ちょっぴりと寂しい想いを密かに抱きながら。