ブラック家の復讐者12

 ダンブルドアと密かに協定を結んだ翌日、オリオンはヴォルデモートが狙っているという賢者の石を自分の目で確認するために動き出した。
 だが、賢者の石とはヴォルデモートでなくとも欲するであろう貴重な魔法物質だ。
 故にその警備はかなり厳重である。

 地獄の番犬、悪魔の罠、鍵探し、論理パズル、そしてチェス。
 ホグワーツの教師たちによって幾重にもトラップが仕掛けられており、あらゆる分野の知識を兼ね備えていなければ突破できないような仕掛けだった。
 これらを一人で攻略できる魔法使いはそう多くないだろう。

 しかし、どれほど巧妙に考え抜かれたものであったとしても、所詮は人間の魔法使い用のトラップだ。
 いくら優れた魔法使いが作成したトラップとは言え、人という枠組みから逸脱しているオリオンが相手では足止めにさえならない。

 まるで散歩にいくような気軽さで全ての仕掛けを潜り抜けたオリオンは、そのまま先に進むと開けた場所に出た。

「ずいぶんと埃っぽい場所だな。どうせなら掃除くらいすれば良いのに」

 仕掛けられた数々のトラップを突破し、いとも容易く『みぞの鏡』の前に姿を現したオリオンはポツリと呟く。
 あまり人が入って来ないからか空気が淀み、ジメジメとした感触が頬を撫でる。
 思わずため息がこぼれてしまうほど陰鬱な場所だった。

 そして、オリオンは賢者の石を守る最後の砦である鏡に視線を向ける。

「これが自分の願望を映し出すという『みぞの鏡』か。はたして俺の場合は何を見せてくれるのかな?」

 オリオンはダンブルドアから事前にこの鏡のことは聞いている。
 一見古臭い姿見のような大きい鏡ではあるが、これは立派な魔道具だ。
 なんでも、『この鏡に映る姿は自分が一番望んでいる姿になる』というものらしい。

 そしてダンブルドアはみぞの鏡の特性を利用し、賢者の石を使用したい者には決して手に入れられず、賢者の石を見つけたい者には簡単に手に入れられるような仕掛けを施した。
 つまり、手に入れても使うつもりのない者にしか賢者の石は見つけられないということだ。
 これを使って復活しようとしているヴォルデモートなどには、到底無理な話である。

 しかし――

「……ふむ? 望んだ姿どころか、自分の姿さえ鏡には映らないみたいなんだが?」

 みぞの鏡にはいつまで経ってもオリオンの姿は映らない。
 これでは何の変哲もない普通の鏡よりもはるかに役に立たないだろう。
 こんなガラクタよりも、自室にある豪華な姿見の方が数段好ましかった。

 自分が望んでいる姿というものに少し興味があったオリオンは、再び大きなため息をつく。
 楽しみにしていた読書を中断させられたような不快感が胸中に広がっていった。

「あーあ、時間の無駄だったか。こいつも大した性能はないらしいし、こんな事ならホグワーツの探索をしていた方がずっとマシだったな」

 そう言ってオリオンは、〝いつのまにか手にしていた〟賢者の石を手の中で遊ばせる。
 とてもじゃないが貴重な品に対する扱いではなく、まるで道端に転がっている石ころのように雑な取り扱いだった。

「せっかくだし持って帰るか? ……いや、流石にそれはまずいか」

 一瞬、ハーマイオニーへの土産として持ち帰ってやろうかと思ったが、優等生である彼女には少し刺激が強すぎるかと思い直す。
 そもそも、こんなものを持っていれば間違いなく危険な目に合うだろうから、初めから本気ではなかったのだが。

 そしてオリオンは手に持っていた賢者の石を、みぞの鏡に向かって軽く放り投げる。
 ぶつかるかと思われた石は、まるで水面に落としたかのような波紋が鏡に広がり、そのまま石を飲み込んだ。

「念のため、俺もここに何かしら仕掛けておくとしよう」

 そう言ってオリオンはパチンッと指を鳴らす。
 見たところ何も変化は見受けられなかったが、オリオンはそれで満足したのか踵を返してその場を後にする。

 しかし、ふと入り口近くに気配を感じた。
 まさかヴォルデモートがもう近くまで迫っているのかと思い、溢れ出す高揚感を抑えながらもその気配の元に姿現しで移動する。

 しかし、そんなオリオンの期待を裏切るかのように、その気配の主はホグワーツの生徒たちだった。
 落胆している感情を胸に秘め、背後からその生徒たちに声をかける。

「いったいここで何をしている? ここは生徒は立ち入り禁止のはずだが?」

 その三人組の生徒たちは一様にビクッと体を震わせ、恐る恐るオリオンの方へ振り向いた。

「あ、あんたは――」

「オリオン!」

 赤毛の少年を遮るように、聞き慣れた声が聞こえてくる。

「ハーマイオニーじゃないか。こんなところを教員の誰かに見つかれば、確実に減点されるぞ?」

 三人組の中になんとハーマイオニー、そしてハリー・ポッターの姿があった。
 オリオンはハーマイオニーに対して模範的な優等生という印象が強かったので、彼女が規則を破ってこの場にいる事を疑問に思う。

「ごめんなさい、急に階段が動き出しちゃってここに迷い込んじゃったの」

「そうか、なら納得だ。でも早くここから出て行った方がいい。でないと……いや、どうやら手遅れのようだ」

「え? ……あっ」

 コツコツとこの場に近づいてくる足音。
 ここへの生徒の立ち入りは禁止されているので、おそらく足音の主は生徒ではない。
 つまり、ハーマイオニーたちがこの場に居ることを見られると非常にまずい相手であるのはほぼ確定だ。

「ど、どうしよう。こんなところを誰かに見られたらグリフィンドールが減点されちゃう……!」

「じゃあ三人とも、見つかりたくなかったら俺の側に寄ってくれ」

「そんな暇は無いよ、早く逃げないと……!」

「あ、その扉だ。その扉に隠れよう!」

「二人とも! いいからオリオンの言う通りにして!」

 赤毛の少年が指差す先には、賢者の石を守るために配置されている魔法生物――ケルベロスが鎮座している。
 それを生徒たちに見られるのはよろしくない。
 なので、オリオンは少し強引な手段を取ることにした。

「――仕方ない。多少手荒なのは許してくれよ」

 そう呟き、大人しく自分の言う通りにしない二人の少年を無理やり抱え込む。
 相手が子供とはいえ、その一連の動作は誰が見ても鮮やかなお手並みである。
 いきなり体を押さえつけられた二人は当然暴れようとしたが、オリオンはそれに構うことなく、ハーマイオニーが自身に抱きついてきたのを確認すると、その場で姿現しを発動させて移動するのだった。

 

   

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