汽車に揺られながら、ふと外の景色を眺める。
そこには見渡す限りの大平原が広がっており、人間でごった返すような場所とは比べものにならない程にのどかで好感が持てる。
今日のような良い天気に昼寝でもすれば、さぞ心地良いだろう。
「クリーチャーはわざわざ汽車に乗る事に反対していたけど、こうして実際に乗ってみると中々良いものじゃないか」
今日からダンブルドアから受けたホグワーツの護衛依頼を行う予定だ。つまり、今日がホグワーツの入学式となる。
俺は汽車に乗らなくても姿現しで一瞬で移動できるんだが、今回だけは汽車に乗ってホグワーツに向かう事にした。
何事も経験してみるのが一番だからな。
「車内販売です。何かいりませんか?」
ガチャガチャと音が聞こえてくると思っていたら、商品を積んだワゴンを押した老婆がコンパートメントを開き、そう尋ねてきた。
「何か飲み物を。できればさっぱりとした物がいいです」
「ならこれはどうですか? 果汁ミックスジュース、一口飲むたびに味が変化する飲み物ですよ」
「じゃあそれを下さい」
代金を支払うと、老婆は次のコンパートメントへとワゴンを押しながら去っていった。
受け取ったミックスジュースを見るが、見た目は普通のミックスジュースにしか見えない。
瓶の蓋を開け、味が変化するという老婆の言葉は半信半疑のまま口にした。
初めに感じたのはバナナの味だ。濃厚な甘みが口いっぱいに広がっていき、バナナの風味に支配される。
次は……おそらくオレンジだろう。程良い酸味と甘みが口の中をさっぱりとさせてくれる。
その後もブドウ、モモ、リンゴという風に続いていき、それらをまとめる様に牛乳が調和している。
「……美味いな。所詮は子供向けの飲み物だと思っていたけど、こんなに美味しいならクリーチャーにも作ってもらうか」
子供向けに作られたミックスジュースでこんなに美味しいなら、それぞれの果物を最高級品にすればもっと素晴らしい物になるだろう。
想像しただけで涎が垂れそうになる。
「……あの、このコンパートメントに私も入れてもらえないかしら?」
ミックスジュースの余韻に浸っていると再び扉が開かれ、そんな言葉が聞こえてきた。
声の主はまだ幼い少女だ。少し大きめの制服を着ており、見ただけで着慣れていない感じが伝わってくるためホグワーツの新入生だろう。
「ああ、構わないよ。ちょうど一人で退屈していたところだから」
断る理由もないので招き入れた。
「ありがとう! 初めにいた場所があまり居心地が良くなくて……。他のコンパートメントに移動しようとしたんだけど、どこもいっぱいで凄く困っていたの。本当に助かったわ!」
そう言って彼女は俺の前の座席に腰掛けた。
あまり手入れされている様には見えないボサボサの髪と、少し口から飛び出している歯。顔立ちは決して悪くないのに、磨いていないからそれを全く活かせていない。
余計なお世話かもしれないけど非常にもったいない。
「私の名前はハーマイオニー・グレンジャー。ハーマイオニーって呼んでちょうだい」
「そうか、よろしくハーマイオニー。俺の名前はオリオン、オリオン・ブラックだ。俺もオリオンでいいよ」
お互いに簡単な自己紹介をして握手を交わす。
「……へぇ、ハーマイオニーはずいぶんと勉強熱心なんだね」
彼女の手には無数のペンだこが出来ていて、そこから日常的に書き物をしている事が推し量れる。
この歳でここまで熱心に打ち込めるのは素直に凄いと思う。
俺の呟いた言葉に不思議そうに首をかしげていたので、思った事をありのまま伝えた。
「あ、ありがとう……。そ、それよりもオリオンってホグワーツの生徒なの? 出来ればホグワーツについて色々教えて欲しいんだけど」
「いや、俺は生徒じゃないよ。それにハーマイオニーと同じく、今年からホグワーツに行く事になったからホグワーツについて詳しい事は知らないんだ。ただ――」
俺はおもむろに指をパチンと鳴らす。
すると、ハーマイオニーの周りにいくつもの優しい光を放つ球体が出現した。
「わぁ……! すごく綺麗ね。とても安心する光だわ」
「気に入って貰えたなら良かったよ。俺はホグワーツについては詳しくないけど、魔法についてはそこそこ物知りでね。よければホグワーツに到着するまでの間、簡単に魔法について説明しようか?」
「良いの!? 教科書を全部読んだんだけど、イマイチ分からない箇所があったから助かるわ!」
新しい知識を増やせる事が嬉しいのか、鼻歌交じりの上機嫌で鞄から教科書を取り出している。
彼女――ハーマイオニーはおそらくマグル生まれだろう。
それも、両親はどちらも魔法が使えない純粋なマグルから生まれた魔女。
そのせいでハーマイオニーは、ホグワーツで純血主義の生徒に余計なやっかみを受ける事になるかもしれない。
純潔主義はその名の通り、マグルの血が入った魔法使いや魔女を穢れた血と呼び蔑んでいる。
魔法が使えないから劣っているなんて戯言をほざいている連中だ。
血統を重視するあまり、親族との婚姻を繰り返しすぎて頭がおかしくなっているのかもな。
そんな奴らにハーマイオニーの可能性を潰されるは惜しいと思う。
出会ったばかりなのにこんな風に思うほど、ハーマイオニーは可能性に満ちていると俺の直感が言っている。
「この教科書に載っている基礎呪文の理論は全て覚えたのだけど、ここの説明が少し分かり難くて……」
「ああ、ここは――」
それにしても教科書の理論を全て覚えた?
いくら基礎呪文とはいえ、これだけでもかなりの量なんだけど……。
その後も汽車に揺られながらハーマイオニーに魔法の授業を行った。
もっとも、教えれば教えただけ吸収していく彼女を見て俺も楽しくなってしまい、余計な事まで教えてしまった気がする。
後悔はしていないけど。
「おっと、どうやらもう着いたみたいだな。ハーマイオニーの飲み込みが早くてこっちも気合が入ったから、あっという間に時間が過ぎたよ」
「もう着いちゃったのね……。ありがとう、オリオン! 貴方の授業すっごく楽しかったわ。じゃあホグワーツまで一緒に行きましょう?」
「あー、すまない。俺はこの後少し用事があるんだ。入学式には出席する予定だけど、ひとまずはここでお別れかな」
俺がそう言うとニコニコしていた顔が途端に曇り始めてしまった。
「……そうなんだ。もう少しお喋りしたかったんだけど、それなら仕方ないわね」
「そんな顔しなくても、またすぐに会えるさ」
そう言ってハーマイオニーの頭を優しく撫でてやった。
曇っていた表情が一瞬驚きに変わったかと思えば、今は気持ち良さそうに目を細めている。
その様子が猫みたいで可愛らしい。
「ホント? 私が会いに行っても迷惑じゃないかしら?」
「迷惑なんてとんでもない。君ならいつでも大歓迎だ」
これは本心だ。
彼女と過ごした時間は決して多くはないけど、非常に有意義なものだった。
マグル生まれだからか、俺やブラック家の噂も知らないようでこっちも気兼ねなく話せたし、もし俺に妹がいたらこんな感じかなとも思う。
ハーマイオニーが求めれば、多少の労力は厭わずに助けようと思うくらいに彼女を気に入ったからな。
「ほら、そろそろ行かないと他の生徒に置いていかれるよ?」
列車の廊下や駅のホームから生徒たちの声が聞こえてきた。
少し名残惜しい気もするが、彼女が遅れてしまうと可哀想なので背中を軽く押してやる。
すると、決心がついたのか元の花が咲くような笑顔に戻った。
「じゃあまたね、オリオン。すぐに会いにいくから待ってて!」
ハーマイオニーはそう言いながら手を振り、荷物を引いて他の生徒たちに合流した。
すぐに会いに来てくれるのは嬉しいけど、それじゃあ同年代に友人が出来ないんじゃないか?
まぁ、人間の友人が一人もいない俺に心配される事じゃないかもしれないけどさ。