あの後ハーマイオニーと別れた俺は、与えられたホグワーツの自室に姿現しで移動していた。
普通の姿現しでは直接校内に移動する事は出来ないらしいが、俺の魔力や魔法は特殊なので問題なく移動できる。
なぜ特殊なのかはまた別の機会に話そう。
「お疲れ様でした、ご主人様。汽車での旅は如何でしたか?」
「ああ、中々悪くなかったよ。将来が楽しみな少女にも会えたしね。クリーチャーもようやく執事姿が板に付いてきた様で何よりだ」
屋敷しもべ妖精は主人から枕カバーやタオルを受け取り、それを自分の服にする。
その姿はまるで奴隷だ。
しかし、彼らにとって自由や対価を求める事は非常に嫌悪するべき事らしい。
そして主人から衣服を受け取ることは解雇と同義であり、不名誉な事なのだと。
だが、今のクリーチャーの姿は一級品の燕尾服を見にまとっていて、とてもじゃないが枕カバーには見えない。
「ええ、ご主人様からこの服を頂いた際は捨てられたと絶望しましたが、今ではオリオン様に仕える下僕として相応しい格好だと胸を張っております」
「気に入っているのなら良かった。どうしても嫌と言うのなら、枕カバーに戻すことも仕方がないと思っていたから」
本当に良かった。
家族と言っても差し支えないクリーチャーに、みすぼらしい格好をさせたくないという軽い気持ちで服を送ったんだけど、その時の彼の狼狽した様子には俺もかなり焦った。
その時はまだ屋敷しもべ妖精のことをよく知らなくて、良かれと思って服を送ったつもりだった。
それが、涙ながらに『私はもう不要なのですか!?』なんてことを言うんだもんな。
その後にちゃんと話し合って誤解が解けたのだけど、それでも始めは燕尾服に慣れないみたいだった。
だからクリーチャーがどうしても嫌だと言うのなら仕方ない、と思っていた。
その心配は不要だったようだけど。
「そうだ、あまりゆっくりはしていられないんだった。入学式の用意は出来ているかい?」
「勿論でございます。一流の仕立て屋に依頼して、オリオン様に相応しい逸品になりましたよ」
そう言ってクリーチャーは指をパチンと鳴らす。
すると何もなかった空間からトランクケースが現れた。
そしてトランクのロックがカチッと音を立てて外れ、中からスーツとローブが飛び出してきた。
このスーツとローブはどちらも黒を基調としていて、代々ブラック家の当主にしか着用が許されていないものだ。
それを俺が所持していた様々な素材で仕立て直してもらっていた。
なんとか今日に間に合って良かった。
時間がないので魔法を使い一瞬で着替える。
「……うん。すごく良いね。無理を言った仕立て屋には追加で報酬を渡しておいてくれ」
「かしこまりました。……そのお姿、まさに王族に相応しい限りでございます。きっとレギュラス様とイザベラ様もこのお姿を見れば、今の私と同じような気持ちを抱いた事でしょう」
「ふふ、ありがとう。あの堅物のクリーチャーが、ずいぶんとお世辞が上手くなったじゃないか」
「まさか! お世辞などではなく、心からの本心でございます!!」
「そ、そうか。ありがとう」
あまりの剣幕に押されてしまった。
でも、クリーチャーは主人である俺のことを褒め称えるからな。
話半分に聞いていた方が後々恥をかかないで済む。
「……今の俺を見て、父上と母上はいったいなんと言うだろうか」
このスーツとローブはブラック家の当主に代々受け継がれてきたものだ。
だから当然、俺が幼い頃にはこれを父上が着ていた。
それを今は自分が受け継いだと思うとどこか感慨深いものがある。
ただ、出来ればこの姿を父上と母上にも見せたかったと思ってしまうな……。
そう感傷的になっているとコンコンと部屋をノックする音が聞こえてきた。
「ミスター・ブラック、そろそろ式が始まりますが準備はよろしいですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。すぐにでも行けます」
返事を返すとクリーチャーが扉を開け、マクゴナガル先生を出迎えた。
「ではすぐに……あら、とても似合っていますね。貴方の落ち着いた雰囲気にぴったりですよ」
「ありがとうございます。クリーチャーは俺を褒めることしかないので、そう言ってもらえて良かったです」
「オリオン様! 私はただ本心を――」
「ああ、分かった分かった。お前の気持ちは十分わかっているさ」
俺の言葉をクリーチャーがすぐに否定しようとしたが、続けさせると長くなりそうなので途中で遮る。
俺だけの時はともかく、マクゴナガル先生が居るときに褒めちぎられるのは流石に恥ずかしい。
「ふふ、貴方たち二人は本当の家族のようですね。……おっと、もう式が始まるまであまり時間がありません。準備が出来ているのならこのまま会場に行きましょう」
「はい、分かりました。じゃあクリーチャー、行ってくるね」
「行ってらっしゃいませ、オリオン様」
俺とマクゴナガル先生は部屋を出ると、そのまま式の会場へと向かう。
会場となるのは大広間で、普段の食事なども生徒や教員例外なくそこで取るものらしい。
軽い雑談を交えながらいくつもの複雑怪奇な廊下を通り抜け、目的の大広間に到着した。
中へ入ると、既に生徒や教員は集まっているようでガヤガヤと騒がしい。
「ここが貴方の席です。おそらくダンブルドア校長から紹介があると思うので、簡単な自己紹介を考えておいて下さい。では、私は新入生を迎えなければならないのでこれで失礼します」
「ありがとうございました」
マクゴナガル先生にお礼を言うと優しい笑顔浮かべ、再び早足で大広間から出て行った。
話の内容からして新入生の子たちを迎えに行ったのだろう。
「なぁ、アンタがダンブルドアに直接雇われたっていう人かい?」
ジッと座っていると、隣にいた顔の半分がモジャモジャの髭に覆われた大きな男が話しかけてきた。
「ええ、たしかに私はダンブルドア校長に直接雇われていますが……」
「おお、やっぱりそうか! おっといけねぇ、俺の名前はルビウス・ハグリッドっちゅうんだ。みんなからはハグリッドって呼ばれちょる。アンタも是非そう呼んでくれ」
「ではハグリッドさん、私の名前は――」
「ああ、すまんな。俺に敬語なんて使わんでくれ。背中がむず痒くてしかたねぇ」
「ふふ、そうか。俺の名前はオリオン・ブラックだ。俺もオリオンで良いよ。これからよろしくな、ハグリッド」
そう言ってお互いに手を差し出して握手を交わす。
握った手はハグリッドの体と同じように大きかったが、どこか安心する暖かい手だった。
「……ん? オリオン・ブラックっちゅうとあの噂の?」
「どの噂のかは分からないけど、たぶん合っているよ。……それを知っているから話し掛けてきたんじゃないのか?」
「こりゃとんだ有名人じゃねぇか。俺がオリオンに話しかけたのは、周りが知らん奴ばかりで不安だろうと思ってな。……迷惑だったか?」
どうやらこのハグリッドという男は、単純に俺の事を心配して話し掛けてくれたらしい。
大きな見た目に似合わず、以外と他人を思いやれる人物らしい。
少し心配そうに俺の顔を覗き込んでくるハグリッドを見て、思わず笑ってしまう。
「いや、迷惑なんかじゃないさ。俺はあまり人付き合いが得意ではないから、ハグリッドの気づかいは有り難いよ」
「そうか? なら良かった。俺は普段、禁じられた森の番人をやっとるんだ。オリオンも暇な時間があれば是非遊びに来てくれ」
そういえば、ダンブルドアから禁じられた森の調査も依頼されていたっけ。
ちょうど良いから禁じられた森の調査をする時には、そこの門番をやっているというハグリッドにも協力してもらうか。
そうして式が始まるまでの間、ハグリッドと友好を深めていった。