いざホグワーツの入学式が始まってみれば、俺にとってはひどく退屈な時間だった。
不安そうにしている子供たちをボーッと眺めているだけだからな。
少し興味深かったのは、組み分け帽子という開心術の魔法が込められた喋る帽子だ。
なんでもホグワーツには4つの寮があり、グリフィンドール、スリザリン、レイブンクロー、そしてハッフルパフに分けられるらしい。
それをあの帽子が開心術を用いて、それぞれに相応しい寮へと振り分けるようだ。
ああいった特殊な魔道具には非常に興味がある。
あとで詳しく調べさせてもらえないだろうか。
「グレンジャー・ハーマイオニー!」
おっと、次はいよいよハーマイオニーの番らしい。
名前を呼ばれた彼女は緊張した面持ちで椅子に座り、恐る恐るといった様子で組み分け帽子を頭に被った。
そして今まではポンポンと簡単に組み分けが行われていたのだが、ハーマイオニーの時だけはどの寮にするか悩んでいるようだ。
「グリフィンドール!」
組み分け帽子がそう宣言した瞬間、グリフィンドールからは割れんばかりの歓声が上がった。
何故これほどの歓声が上がるのか疑問に思っていると、隣に座っていたハグリッドが教えてくれた。
「組み分け帽子がどの寮にするか迷った生徒は、優れた魔法使いの素質を持っとる生徒が多いんだ。だからグリフィンドールの奴らはあんなに喜んどるんだろう。優秀な生徒がいれば、それだけ寮杯が有利になるからな」
なるほど。
たしかにハーマイオニーは優秀な魔女になる素質を十分に持っている。
それこそ純潔の魔法族と比べても遜色ないどころか、はるかに上回っているだろう。
ちなみに寮杯というのは、1年間で様々な場面で加点・減点される得点の合計を各寮ごとで競うものだとか。
簡単に言えば良いことをすれば加点され、悪いことをすれば減点されるらしい。
ま、生徒ではない俺には関係ないことだ。
その後は順調に組み分けされていき、ついにあのハリー・ポッターの番だ。
「ポッター・ハリー!」
あれだけ騒がしかった会場が、ハリー・ポッターの名を聞いた途端に静かになった。
ハリー・ポッターもそんな周りの様子に戸惑いながら椅子に座る。
そして数秒の沈黙の後『グリフィンドール!』と宣言した。
グリフィンドールの生徒たちからは当然大歓声が上がる。
ふと隣のハグリッドを見ると、うんうんと頷きながら満足気にポッターを見ていた。
「ハリー・ポッターと知り合いなのか?」
その様子が気になった俺はハグリッドに直接尋ねた。
「ああ。あの子がまだ赤ん坊だった頃から知っちょるんだ。ただ……いや、なんでもねぇ」
「……? そうか」
なにやらハグリッドにも色々とあるみたいだな。
ま、話したくないなら深くは追求しないよ。
それにしても、ホグワーツで出される料理もなかなか美味しいな。
クリーチャーの作る料理には劣るが、同じ料理が学生にも振舞われていると考えれば十分すぎるだろう。
生徒たちの方を見れば、多くの生徒が美味しそうに料理を食べていた。
新入生の中にはあまりの美味さに料理を食べ過ぎて、苦しそうにしている者もいる。
俺が料理に舌つづみを打っていると、蛇に身体中を這い回られるような嫌な視線を感じた。
そちらに顔を向けると、そこにいたのは頭にターバンを巻いた気の弱そうな色白の男。
男は俺と目が合うと何事もなかったかのようにサッと視線を逸らした。
……不快な魔力を感じるな。
ついうっかり潰してしまいそうになる嫌な魔力だ。
「なぁハグリッド。あのターバンを頭に巻いた男は誰だ?」
「あの人はクィリナス・クィレル先生だ。以前はマグル学を生徒に教えとったが、今年から闇の魔術に対抗する防衛術を担当するとか言っとったぞ。……あの人がどうかしたのか?
「……いや、なんでもないよ。ただ、あの人が俺の嫌いな奴に似ていただけだ」
――殺したいほど嫌いなあいつに、ね。
◆◆◆
「――では諸君に紹介したい者がおる。この度、ホグワーツの警備を任せる事になったオリオン・ブラック氏だ。昨今の魔法界はなにかと物騒になっておる。しかし、ブラック氏の魔法の腕は確かなので、生徒諸君は安心して勉学に励むがよい」
入学式も終盤に差し掛かった頃、事前に聞いていた通りにダンブルドアから紹介があった。
多くの生徒の視線が一斉に俺に向けられる。
世間でのブラック家の評価はあまりよろしくない。
なので俺がブラック家だと聞き、戸惑いを隠せていない生徒もいるようだ。
「ダンブルドア校長から紹介があった、オリオン・ブラックです。ホグワーツの警備を担当することになりましたが、基本的に生徒の皆さんとは接する機会が少ないと思います。ですので、私の事を見かけたら積極的に声をかけてくれると嬉しいです。ではしばらくの間、どうぞよろしくお願いします」
俺がそう締めくくると女子生徒からの黄色い声援が大広間を飛び交った。
そして反対に、それを見た男子生徒は面白くなさそうに眉を顰める。
これから生活をする場所なので当たり障りのない事を言ったつもりだったが、女子生徒たちのこの反応は予想外だった。
「ではこれにて入学式を終える。解散!」
そうして入学式は、クィレルの不快の視線以外は何事もなく終わった。
生徒たちは上級生が新入生を誘導するようにしてそれぞれの寮へと帰っていく。
「オリオン、いつでも禁じられた森に遊びに来てくれよ。お前さんなら大歓迎だ」
「ああ、必ず遊びに行くよ」
そう言ってハグリッドは大広間から出て行った。
ハグリッドが世話をしている魔法動物にも興味があるし、なによりハグリッド自身の事を気に入ったので行くのが今から楽しみだ。
この後は特に予定は無い。なので俺も自室に戻ることにした。
部屋に戻ると、俺が帰るのを予見していたかのようにクリーチャーが出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ、我が主。入学式とやらはいかがでしたか?」
「そこそこ楽しめたよ。それより――クィリナス・クィレルという教員の情報が欲しい。どんな些細なことでも構わない。大至急に頼む」
俺の雰囲気が変わったことを敏感に感じ取ったのか、クリーチャーの瞳が大きく見開かれた。
「かしこまりました。直ちに集めて参ります」
しかし流石は俺の屋敷しもべ妖精。
すぐに要望に応えるために、妖精式の姿現しでホグワーツから姿を消した。
屋敷しもべ妖精が扱う魔法は人間のものとは違うので、俺と同じようにホグワーツにも姿現しができる。
人間と違って杖も必要ないし。
「……クィリナス・クィレル、か。お前はいったいどちら側なのだろうね?」
あのターバンを頭に巻いた気の弱そうな男。
クィレルからは自身の魔力だけではなく、とある人物に魔力を感じ取ることができた。
――ヴォルデモート。
闇の帝王を名乗る薄汚いどぶネズミの魔力だ。
ヴォルデモートの配下であるデスイーターには、闇の印と呼ばれる髑髏に蛇が絡みついているマークがある。
そこからもヴォルデモートの魔力を感じるので、俺は初めクィレルは元デスイーターなのだろうと思った。
しかし、クィレルから感じたヴォルデモートの魔力はデスイーターのそれよりも濃い。
明らかにただのデスイーターというわけではない。
ただ妙に引っかかるのが、ヴォルデモート自身の魔力にしては極端に弱々しいことだ。
それこそ、まるで魂を分けているような――
「……ん? 魂を分ける? たしかそんなことが書かれた文献を見た気がするが……ダメだな。思い出せない」
あまり興味が湧かなかったというのもあるが、ブラック家が世界各地から集めた書物は膨大な量を誇り、今はまだ流し読み程度しかできていないのだ。
だから興味がない内容だと、目は通してもそれらを覚えていることは少ない。
これが錬金術とかならば話は違っていたんだけどな。
賢者の石の作成に成功したニコラス・フラメル氏のレポートは非常に興味深かった。
さすがに作成方法は載っていなかったが、いずれ挑戦したいと思っている。
「ホグワーツが休み期間に入ったら、一度本邸に戻って書庫をひっくり返す必要があるな」
まぁそれも、このクィレルの一件が片付いたらだけどね。