「……そろそろ休憩を取られてはいかがでしょうか」
「ああ、これが終わったらね」
実はこのやり取りは既に3回目だ。
クリーチャーにそう心配されるたびに休み、そして紅茶を一杯飲んでから作業を再開していた。
もしもクリーチャーが声をかけなければ、その僅かな休憩さえ取らずに目の前の作業に没頭していただろう。
クリーチャーに心配されるほど没頭している内容とは、勿論――
「うーん、やはり手頃な城はどれも金持ちが所有しているらしいな。放棄された廃城でもあれば安値で買い叩けたんだけど、そう都合良くはいかないらしい」
城を購入することだった。
思いの外ホグワーツでの生活が気に入ったオリオンは、自分の自宅も城にしてしまう、というある意味ぶっ飛んだ考えを実行しようとしていたのだ。
(それにしても、クィレルの件は思っていたよりもあっさりと判明したな)
そう、オリオンは既にクィリナス・クィレルの過去は調べ尽くした後だった。
クリーチャーがあらゆる場所からかき集めてきた資料に片っ端から目を通し、そしてその全ての内容を把握している。
そして、その内容からオリオンはクィレルをほぼ確実に黒だという判断を下していた。
彼は直接ヴォルデモートとの接点こそ無かったが、当時から熱狂的な信奉者だったようで、およそ1年間の休職期間中にヴォルデモートの魂をその身に宿したのだろう、とオリオンは当たりをつけている。
ちょうどの頃から頭にターバンを巻き始めた上、その後は誰もクィレルの頭を見たことが無いというのは流石に怪しすぎた。
だからオリオンはクィレルを黒だと判断したのだ。
ヴォルデモートの魔力を強く感じた箇所が頭部からだった、というのもその考えに信憑性を高めている。
そしてその件が思っていたよりも早く片付いたので、ついでとばかりに以前から少しずつ集めていた世界各地の城のパンフレットに目を通しているのだ。
明らかについでという量ではなかったが、オリオンからしてみれば大した量ではない。
しかしオリオンを信頼しているクリーチャーでさえ、休憩も取ろうとはせずに没頭しているという姿は心配になるものだ。
それが自らが敬愛する主人であれば尚更だろう。
クリーチャーは平気で無茶をしてしまうオリオンが心配でならなかった。
「はは、心配しすぎだよ。今調べてるのは仕事じゃなく、自分が住む家なんだぞ? そりゃあじっくり選ぶに決まっているだろう?」
その言葉を聞いたクリーチャーが再び苦言を口にしようとした時、部屋の扉からコンコンというノックする音が聞こえてきた。
クリーチャーが後ろ髪引かれる思いで来客の対応に向かう。
そしてオリオンは次の冊子を手にしようとして――やめた。
(そういえば、この後はクリーチャーに休憩すると言ってしまったな……)
先ほどの会話を思い出したオリオンは渋々手に持った書類を机に置き、代わりにクリーチャーが淹れてくれた紅茶を口にした。
その紅茶は自分の好みに合わせてあり、紅茶本来の風味と仄かな甘味がある茶葉を使っている。
「美味い」
そんな言葉が思わず口から溢れ出てしまう。
何度も味わっているはずなのだが、この紅茶に飽きを感じたことは一度も無かった。
紅茶と一緒にクリーチャーが用意してくれたクッキーも口に運ぶが、こちらも非常に美味しい。
クリーチャーの腕が上がっているのもあるだろうが、自分で思っている以上に脳が糖分を欲していたらしいとオリオンは思う。
「そんな気分でも無くなったし、今日はここまでにしておくか」
かれこれ10時間ほど書類と睨めっこを続けていたオリオンだったが、ついに切り上げることにしたようだ。
そして紅茶やクッキーを楽しんでいると、来客の対応に行っていたクリーチャーが戻ってきた。
クリーチャーは約束通り休憩を取っていたオリオンを見て、あからさまに嬉しそうな表情になる。
そんなクリーチャーの反応に、どこか気恥ずかしくなったオリオンは明後日の方向を向いてしまった。
「オリオン様、以前おっしゃっていたグレンジャー嬢が訪ねていらっしゃいました。お通ししてもよろしいですか?」
「ハーマイオニーか。彼女なら大歓迎だ、すぐに通してくれ……いや、やっぱり俺が自分で迎えよう」
「かしこまりました」
オリオンは長時間座り続けていた椅子から立ち上がり、ハーマイオニーを迎え入れるために扉へと向かう。
(考えてみれば、誰かを自分から迎え入れるのは初めてかもしれないな。今まではどうでも良いような相手ばかりだったし)
そんなことを思いながら扉を開ける。
そこには両手いっぱいに大量の本を抱えたハーマイオニーの姿があった。
「オリオン、約束通り遊びに来たわ! ……本当に迷惑じゃなかったかしら?」
「よく来てくれたねハーマイオニー。ちょうど今日の作業を切り上げたところで退屈していたんだ。来てくれて助かったよ」
オリオンがそう言うと、子供らしい笑顔から尻すぼみになっていった表情がぱぁっと明るくなり、眩しいほどの笑みへと変わった。
そして、オリオンはハーマイオニーが持っていた大量の本を魔法で丁寧に持ち上げる。
「わぁ……やっぱりオリオンの魔法が一番すごいわね! 杖も呪文も必要ないなんて、まるでお伽話の主人公みたいだわ」
「はは、褒めすぎだよ。立ち話もなんだし、中へどうぞ」
そう言ってオリオンはハーマイオニーを部屋へと招き入れ、来客者用のソファーに案内した。
だが、ソファーに座ってからハーマイオニーが借りてきた猫のように大人しくなってしまう。
「どうかしたのか? さっきまであれだけ元気だったのに」
「え、えーと。私って誰かの家に遊びに行ったことが無くて、今更だけど緊張してきちゃったわ……」
それを聞いたオリオンが思わず、プッと吹き出してしまった。
するとハーマイオニーがふくれっ面となり、オリオンにジトッとした目で無言の抗議をする。
しかし不服というのは分かるのだが、残念ながら彼女の顔に迫力がないため抗議になっていない。
むしろそれでは可愛らしいだけだろうに、とオリオンは感じていた。
「悪かったよ、だから機嫌を直してくれハーマイオニー」
それでも笑ってしまったのは事実なので素直に謝るオリオン。
そしてそんな主人のピンチを予期してなのか、タイミングよくクリーチャーがティーセットを運んできた。
「お話し中に失礼します。紅茶をお淹れしましたのでお持ちしました。では、何かあればお呼び下さいませ」
そう言ってクリーチャーは指を鳴らして姿を消した。
それを見たハーマイオニーが、先ほどの事を忘れたかのように興奮した様子でオリオンに詰め寄る。
「ねぇ、あの人も杖なしで魔法を使えるの!? 私も勉強したらできるようになるのかしら?」
「うーん、あれは結構特殊な魔法なんだ。だからどれだけ魔法の勉強をしても、たぶん使えるようにはならないかな」
「そう……それは残念ね」
本当に残念そうに俯くハーマイオニーにオリオンは『ただ……』と続ける。
「もしハーマイオニーが杖なしで魔法を使いたいと言うなら、俺が直接教えてあげるよ」
「本当!?」
「ああ、本当だ。その代わり、さっき笑ったことは水に流してくれ」
実はハーマイオニーを笑ってしまったことを結構気にしていたオリオン。
杖や呪文を必要としない魔法という高等技術を教わるのに、これほど簡単な交換条件も無いだろう。
「フフッ、私は全然怒っていないわよ。少しだけあなたを困らせたかっただけだから」
鼻歌交じりの上機嫌な様子でそう言うハーマイオニー。オリオンの安心した姿を見てさらに笑みが深まる。
その事を聞いてもオリオンも怒った様子はなく、むしろこのやり取りを楽しんでいるようだった。
今までオリオンに友人と呼べるような者はおらず、ハーマイオニーもまたそういった人は居ない。
そんなふたりが出会い、こうして友好を深めていくのは微笑ましいものだ、と部屋の隅で姿を消しながら見守っているクリーチャーは思う。
願わくばこのふたりの絆が永遠に続くようにと願いながら。