大筒木一族の最後の末裔12

「……え? く、紅さん!?」

 カムイは慌てて紅に駆け寄る。
 その時、視界にノイズのようなものが走った気がしたが、今はそんなことを気にしている余裕はない。
 ついさっきまで一緒に団子を食べていた人が倒れているのだ。
 まだ日本人だった頃の感覚が抜けきらないカムイからすれば、その行動は至極当然のことであった。

 ――しかし、ここは忍の世界である。

「あ、あれ……?」

 急に視界がグニャリと歪み、三半規管が壊れたかのように立っていられないほど平衡感覚が失われた。
 いくらカムイの身体能力が高いと言えど、急に平衡感覚が失われればそれを立て直すことは不可能だ。

 そのまま倒れている紅の元へたどり着く前に地面を転がってしまう。

「幻術使いを相手にするのが初めてとはいえ、流石に油断し過ぎよ。貴方はもう既に忍の世界に足を踏み入れているのだから、例えどんな状況に陥ったとしても絶対に冷静さを失ってはいけないわ。さっきのだって冷静に考えれば十分に対処できたはずよ」

 視界がグルグルと回っている中、カムイの耳にそんな声が聞こえてくる。
 その声の持ち主は間違いなく紅であり、それを聞いた瞬間にカムイは既に彼女の術中であると悟った。

 そして、気がつけば周囲の景色が見たこともないような荒れ果てた荒野に一変しており、自分の身体が一本の木に囚われて身動きが取れない状態に陥っている。
 首だけを動かして周囲をキョロキョロと見渡すが、何処を見ても永遠に広がっている荒野しか見えなかった。

(これが本職が見せる幻術か……! マジで現実と見分けがつかねぇ)

 紅に掛けられている幻術は、視覚はもちろんだが嗅覚や触覚までもがとは思えないほどリアルに感じられた。
 自分を拘束している木の感触や匂い、どちらも本物にしか思えないのだ。

 カムイは前世での先入観から、幻術とはちょっとした催眠術程度のものだろうと考えていたのだが、彼女に掛けられたのはそんな低俗でインチキなものとはまるで違う。

 正真正銘、この術は人を殺すために研鑽された忍の技なのだから。

 今の身動きが取れない状態であれば、紅がその気ならいつでも殺せるだろう。
 彼女が本気で殺すつもりならばカムイも転生眼を使用して力技でどうにかするだろうが、逆に言えばそれくらい追い詰められているという事だった。

「フフフ、じゃあ今回はお姉さんの勝ちってことで良いかしら……ボクちゃん?」

 木に固定されて身動きが取れないカムイの首元にクナイを添えながら、紅が鈴を転がすような涼しげな声を上げる。

「……はい。完全に俺の負けです。まさか幻術がここまで厄介だとは知りませんでした」

 挑発的な視線を向けられているが、それに対して悔しいという気持ちすら抱けないほど完全な敗北であった。

 体術を駆使した戦闘では遅れを取るとは思っていない。
 だが、そもそも相手の得意な条件で戦う必要は全くないのだ。
 結果的に幻術という紅の独壇場になってしまった以上、何を言っても負け犬の遠吠えにしかならないだろう。

 これ以上の無様を晒すことはカムイ自身が許せなかった。

「素直でよろしい。火影様からしばらくは貴方の護衛任務と言われているから、これからはカムイがちゃんと幻術に対抗できるように手取り足取り教えてあげるわね」

 そう言って紅はカムイの身体に指をスーっと這わせた。
 そして、そのまま彼女の手がカムイの服の中に――

「って! いったいどこ触っているんですか!?」

「だって模擬戦とはいえ私が勝ったんだし、せっかくだから少しだけ悪戯しちゃおうかなぁと」

 悪い笑みを浮かべた紅がじわりじわりと近寄ってくる。
 ひとつひとつは何でもない仕草のはずが、彼女が振る舞うだけで言葉で言い表せない色気を醸し出していた。

 生半可な美人では滑稽にしか映らないようなことでも、それを紅が行うだけでいっそ暴力的なまでの色気を出してしまうのだ。
 例え見た目が少年だとしても、暦とした男であるカムイが動揺してしまっても不思議ではない。

「ほらほら、早く幻術を解かないともっと凄いことまでしちゃうわよ? それともボクちゃんはソッチの方が良いのかしら?」

「っ!?」

 その言葉を聞いたカムイは幻術を跳ね返すべく、急いで自分の中に眠る全てのチャクラを総動員してかき回し始めた。

 本音を言えば少しだけ期待している自分がいないでもなかったが、前世を合わせると中身の年齢は少なくとも紅よりも上なのだ。
 なので、歳下にいいようにされるというのは流石にカムイのプライドが許さなかったのである。

 しかし、そんなカムイの抵抗も虚しく、今まで幻術というものに一切触れてこなかった彼には自力で抜け出すことは非常に難しかった。
 それが木ノ葉でもトップクラスの幻術使いである紅であればなおさらだ。

 そうしてもたもたしている間にも、カムイの身体は紅によって弄ばれている。
 そんな嬉しいような恥ずかしいような感覚の所為で、普段は得意なはずのチャクラ操作が中々上手くいかない。
 完全に彼女の術中に嵌っていた。

(……お、落ち着け。落ち着いて体内のチャクラを練り上げれば、まだ幻術から抜け出せる筈だ)

 そうしてなんとか気持ちを落ち着かせてチャクラを練ろうとするが、そんなカムイの行動はお見通しとばかりに紅の手が動く。

「!?!?」

「フフフ、そう簡単に抜け出せるとは思わないことね。まだまだ楽しい時間は始まったばかりなんだから……」

 ひどく楽しげな紅の言葉とは裏腹に、カムイは自分を抑えるのに必死だった。

「ちょ、ちょっと紅さん!? これ以上はホントに不味いですって! ああ、そこは――」

「あら? でも貴方の身体はずいぶんと正直みたいよ?」

 そしてその言葉の後に、『天井の染みでも数えていれば終わるわ』という何処かで聞いた覚えのある台詞をが聞こえてくる。
 紅の幻術空間にカムイの女々しい悲鳴が響き渡ったのだった。

 

   

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