団子屋を後にしたカムイと紅は、その後に何気ない会話からお互いの実力について話し始め、なんとその流れから実際に手合わせしてみることになった。
「……いやいや、いきなりすぎません?」
人気のない場所に移動した後、ふと冷静になったカムイがやる気満々といった状態で向かい合っていた紅にそう言い放つ。
自分は確かに幻術に興味があるとは言った。言ったのだが、いったいどういう流れになればいきなり戦うなどという結論になるのか、カムイは不思議でしかなかった。
「カムイは幻術使いを相手にするのは初めてなのでしょう? なら、この機会にでも体験しておかないと実戦でエライ目にあってしまうわ。……丁度いいからさっきのお仕置きも兼ねているし」
ボソッと呟かれた最後の言葉は、幸か不幸かカムイの耳には届かなかった。
もしも届いていれば全力でこの手合わせを拒否していたことだろう。
未体験である幻術を使われて折檻を受けるなど、現実世界で罰を受けるよりも遥かに恐ろしいことなのだから。
しかし、そんな紅の思惑に気づかないカムイは、結局紅に押し切られる形で準備運動に入るのだった。
(ま、どうせなら幻術の対抗策を一つや二つ編み出しておきたいところだな。原作ではうちは一族がいた所為で霞んでいたが、紅さんは木ノ葉でも有数の幻術使いだ。こんな機会は滅多に無いんだから前向きに考える事にしよう)
そう思う事にして、カムイはなんとか気持ちを切り替えようとする。
紅は若くして上忍昇格の話が出るほどの才覚を持っており、そんな彼女が得意とする術が幻術だった。
幻術とは文字通り相手に幻覚を見せる技で、卓越した技量を持った忍に幻術をかけられれば、その状態から自力で抜け出すのは非常に困難である。
そして紅は間違いなくその卓越した技量を持つ幻術使いの中のひとりだ。
うちは一族が持つ血系限界である写輪眼は反則ギリギリ、むしろ反則と言っても良いレベルの瞳術が使用できるのだが、それに才能と努力で食い下がる紅の力は本物なのだから。
「そろそろ準備は良いかしら?」
準備運動をしているカムイに、待ちきれないという様子の紅が声をかけた。
「あのー、出来れば幻術に対抗する為のアドバイスが欲しいんですけど……」
このまま始めれば紅の幻術にいいようにされる事は分かりきっている。
幻術の知識や経験が何も無い今のカムイでは、それこそ赤子の手を捻るよりも簡単に勝負がついてしまうだろう。
それはしっかりと理解していることは紛れもなく評価すべき点である。
現に紅はカムイの言ったことに対し、驚くと同時に称賛の声を上げた。
「へぇ……貴方くらいの年齢の子供だと、自分なら大丈夫なんていう根拠のない自信を信じ込んでいるのだけれど、カムイはどうやらそんな子達とは違うようね。凄いじゃない」
「そりゃよく分からない術を持っている相手は警戒するものでしょう? ……それよりも、はぐらかしてないで早く教えてください」
「あら、上手く誤魔化せると思ったけどバレちゃったわね」
悪びれもせずにそう言った紅に、カムイは内心冷や汗をかく。
いくら実戦ではないとはいえ幻術を無抵抗のまま受けるのはリスクが大き過ぎる。
もしも彼女に悪意があれば、無知なカムイなどどうとでもなるのだから。
褒められて緩んでしまいそうになる顔を無理やり引き締め、そして同時に緩む心も引き締めた。
「まぁでも、最初からちゃんとアドバイスくらいはしてあげるつもりだったわよ? そもそもどうすれば良いのかわからないんじゃ、どれだけやっても練習にさえならないもの」
今までのやり取りからでは嘘とも本当とも取れる言葉を呟き、紅はカムイに幻術に対抗する方法を簡単に説明した。
「――つまり、相手と目を合わせずに戦うか、チャクラの流れをコントロールして自力で解除する、もしくは味方に幻術を解いてもらう。幻術に対する対抗手段は大きく分けてこの3つってことですか?」
「ええ、そうよ。本当はもっと難易度が高い方法もあるけど、基本的にこの3つを応用したものだから今は気にしなくても良いわ」
まず一番最後の『仲間に幻術を解いてもらう』というのは今回は必要ない。
今回どころか、今のところ今後もその方法を取る予定――というよりも取れる日が来る予定は未定である。
その事実に思い至ったカムイの気持ちはどんと下がった。
だが、残りの2つはむしろカムイの得意分野かもしれない。
白眼の上位版である転生眼を持っているので相手の目を直視しないでも戦えるし、チャクラコントロールに関しては天性の才能を有しているからだ。
「なるほど、ではこっちはいつでも大丈夫ですよ」
カムイは努めて相手の目を見ないようにしてそう言った。
「そう……じゃあこのコインが地面に落ちたらスタートね?」
その言葉に対して頷きで返すと、紅がコインを指で天に向かって弾いた。
コインはクルクルと回転しながら地面へと落下していく。
――チャイン
そんな音が聞こえた瞬間、カムイは目を閉じてチャクラを練り始め、そのまま紅に向かって一直線に突撃した。
もちろんその瞼の奥では白眼の能力を発動している。
因みに彼の瞳は通常の白眼とは違って、目の周りに血管は浮き出てこない。
その為、紅はまさかカムイが日向の血系限界である白眼を使用しているとは夢にも思うまい。
そして彼は今のところ体術に重きを置いて修行しており、忍術も使えないわけではないが、それよりもチャクラで身体強化を施して殴りかかった方が遥かに効率的だった。
些か脳筋のような考え方だったが、今の彼ではこの方法が一番強いのだ。
……もちろん転生眼を使わないという前提では、という前置きが入るのだが。
「――甘いわよ?」
「うおっ!?」
しかし、まるでそんなカムイの行動を読んでいたかのように冷静に対処する紅。
おぼろげな原作知識の中では体術があまり得意ではない印象を受けたが、現実的に考えて上忍に上がる者が扱う体術が下手な筈ない。
ヒラリと余裕を持って躱され、その拍子に迂闊にも彼女の眼をバッチリ視界に収めてしまう。
視線が合わさったのはほんの一瞬だったが、幻術をかけるには十分過ぎる時間だった。
紅からパッと素早く距離を取り、チャクラを全力で練って幻術に備える。
(あー、まずったなぁ。紅さんは体術が苦手だと思ったから脳死突撃したのに、ヒアシさんクラスとは言わないまでも十分に場慣れしている。おまけに多分、さっきので幻術にかけられただろうな……)
ギィと奥歯を噛みしめた。
だが、悔しさと同時に自分がかけられたであろう幻術に興味が出てくる。
これが命がけの本当の実戦であれば絶望しかなかっただろうが、今はあくまでも手合わせだ。
多少の怪我をすることはあっても、死ぬようなことには決してならない。
そんな思いがカムイの気持ちを軽くしていた。
しかし、今か今かと待ちわびていたのだが、中々紅は仕掛けてこなかった。
それを不審に思い、カムイは危険と理解しながらも紅に視線を向ける。
そこには――
「……え? く、紅さん!?」
地面に倒れている紅の姿があった。
突然の出来事に我を忘れてしまい、冷静さを欠いたカムイは慌てて彼女の元へと駆け寄るのだった。